イケメンルーキーの恋「寮生活はどうよ、御幸ちゃん」
「いやー、個室快適ですね。高校も寮でしたけど俺の部屋溜まり場みたいになってたし同室の二個下の後輩がめちゃめちゃ俺に敵対心剥き出しだったんで一人快適過ぎてやばいっす」
イケメン天才捕手と高校一年生の頃から雑誌に載る様な男は、プロ野球選手として騒がれてもあまり動じない、なんとも太々しいルーキーだった。整った容姿に自信が乗れば、気の弱い投手は気圧されてしまいそうなほどだ。
まだ一年目の新人であっても、疑問に思ったことはどんな年上にもコーチにもズバズバ言うし、気付いたこともど直球で投げかけてくる。その指摘がどれも的確なもんだから、この選手がこのまま真っ直ぐ育っていったらどれだけの選手になるのか期待に胸が躍り、先輩たちもつい可愛がってやり過ぎて嫌そうな顔をされて、それまで可愛く思えてしまうのだ。
優れた見た目に反して軽種のタヌキだと申告した彼の名前は御幸一也。野球の名門、青道高校で主将で四番で扇の要と言う三役をこなした、悲願の夏の甲子園出場の立役者だ。
「えー?でも彼女に会いたくなったりしねえ?」
「川野さん、彼女いたんですか?」
「おっまえなぁ〜……」
ケラケラと笑っている顔はまだまだ子供の様だ。三月まで高校生だったとは思えない程度に身体は出来上がっていたが、さすがにベテランに囲まれるとまだまだ線は細い。それでも強気なリードに投手をその気にさせる能力はただのルーキーのそれではない。
天才、と呼ばれてきたプレーヤーはプロには沢山いる。その中でも御幸は本物だろう。
「ぶっちゃけお前童貞?」
「はい」
それがどうしたのだと言う不思議そうな顔で御幸が頷いた。野球馬鹿すぎてあまり学生のうちに猥談もしなかったのかもしれない。
「その顔で恋人いないの?!合コン連れてってやろうか?」
「……恋人は、いますけど……」
途端にウブな反応で少し頬を染めて言い淀む。可愛い。これはベテランたちが弄りたくなるのもわかる。
「え、何々?青道って共学だよな?同級生?マネ??」
「……同級生、です」
「でも、野球部のマネージャーではない……」
こくり、と馬鹿正直に御幸が頷いた。もしかしたらこのまま惚気たりしたいのかもしれない。
「……野球部員?」
ビクッと御幸が肩を震わせる。恥ずかしそうな上目遣いでこちらを見ている。あんまりそう言う顔、見せない方がいいぞ、勘違いする奴が出そうだ。気を付けておいてやろう。
「あー、その反応あれだな、副主将だな。足の早え一番ショート」
「な、なんでわかるんですか!」
「甲子園で投手の後に抱き合ってたから」
羨ましいな、と思いながら見ていた。高校球児はみんな憧れる甲子園に立てたのだ。プロ野球選手になって甲子園球場に立つことはできたけれど、高校生の夏にあの場所に立つのとはまた意味が違う。
「プロ野球選手でも甲子園って観るんですね」
「まあ俺は、甲子園行けてねえからな。未練がありまくりよ。経験者はどう?なんか見つけたか?」
「……どんなすげえとこなのかなって思ってたんですけど、最高の仲間とたくさん野球ができる最高の場所でした」
思い出しているのか、御幸の横顔が楽しそうだ。きっと良い仲間に出会えたのだろう。同じチームに恋人もいて、最高の舞台で野球ができて、それが楽しくないわけがない。
「彼氏はプロになんなかったんだな」
「……教職取りたいんだって聞きました。あと、……スカウトが来てた球団が違ったんで」
「……それは、大事だな」
うんうん、と俺が頷いてやるとまあ嬉しいんですけどね、と御幸が笑う。
「大学野球で打率上げて出塁率上げて、ぜってープロになってやるから、お前と同じ球団に入るから待ってろ!って卒業式で言ってました」
「気合入ってて可愛いな、お前の彼氏」
「元ヤンだからすぐ手も足も出るんすよ」
「あー、なんかうるせえ投手の後輩が尻蹴られてたな」
独特の掛け声のような気合を入れる喧しい後輩の投手の尻に蹴りを入れていたのを思い出す。なかなか良い球を投げているようだったが感情が顔に出まくっていた。
「でも、めちゃめちゃいろんなことによく気付いてくれて、すげー良いやつなんです」
「じゃあ大卒で御幸ちゃんの彼氏がうちに入るまでおじさんがんばんないとなー」
「川野さんまだ三十歳でしたよね?頑張ってもらわないと困ります」
訂正、イケメンルーキーの天才捕手は、投手以外のチームメイトをのせるのも上手い。