スローシャッター3うそだ。
ケイトはそこにいた人物に目を見開いた。
カリムが誘ってくれた熱砂の国の旅行に来るのはジャミル君と監督生ちゃんとグリムちゃんとリリアちゃんとオレが誘ったトレイと、リリアちゃんが誘ったもう一人。
リリアちゃんが誘うっていう時点で考えないわけではなかったけど、次期国王がまさか来るなんて思ってもなかったし、もし仮に来たとしてもリリアちゃんが一緒だから大丈夫だなんてタカを括ってた。
なのにふたを開けたらどうだろう。
リリアちゃんは急な腹痛で不参加。
その場にたたずんでいるのはマレウス君ただ一人。
すごく楽しみにしてたんだろう、あまり顔に出ない性質なのにすごくそわそわとしている。
ジャミル君がてんぱって、安全面がとかいろいろ言っちゃってるけどやめてあげて、きっとリリアちゃんに誘われた時から嬉しくてうれしくて楽しみにしてたはずだから。
取りなそうかどうしようか悩んでいる間にどうやらうまく行って、オレはほっと胸をなでおろした。
あんな理由で旅行を取り下げられちゃうなんて悲しすぎる。
まだ指先しか摘まんだことのない恋人の嬉しそうな顔を見て、オレはほっとして、そして隣に立つ友人の存在を思い出した。
油の切れた歯車のようにギリギリと視線だけを動かして隣を見る。
隣には、いつものように人の良い先輩の顔をしたトレイ君。
ちょっと困ったような顔をしてオレにしか聞こえない声の大きさで「よかったな」とか言ってきた。
顔こそいつもと同じ表情に見えるけど、付き合いの長いオレにはわかる。
これはこの旅行中隙あらばからかってやろうという顔だ。
自分が恋人と一緒に来られなかったからって!!
オレがマレウス君を誘おうにも誘いきれずにしぶしぶトレイを誘ったのにもかかわらず、結局マレウス君が一緒に来れることになったからって!!
大きな声を出して怒るわけにもいかず、オレはいつものように振舞うことしかできなかった。
幸いにしてオレもトレイ君も『いつものように振舞う』ことは得意だった。
団体旅行だというのに隙あらば二人きりのようなシチュエーションにもっていこうとする親切ではた迷惑な友人と、それを気にしない恋人と、忙しすぎてこちらの細かい様子までは確認できないできる後輩と、実家の事で引っ張りだこの後輩と、不思議な生き物と異世界から来たらしい後輩で構成されている。
3年生だけだったらいつものようには振舞えなかったかもしれないけれど、何も知らない後輩たちがたくさんいてくれたおかげでいつものように振舞えた。
暑くて倒れそうだったところに、地元の衣装も用意してもらって、マレウス君はめまいがするほどきれいだった。
学校の中でそんな姿を見たら、どうしていいかわからなくなって何も言えなかったかもしれないけど、周りにみんながいてくれたおかげで言葉がするすると出て来たし。
マレウス君からの賛辞も倒れることなく受け止めることができた。
二人きりだったら、あんなことを言われたらきっと無理だった。
あ、思い出したら貧血起こしそう。
やめやめ、ここで倒れたら迷惑になっちゃう。
でもこの衣装を口実にこれまでどうやっても緊張して撮れなかったツーショを、今回は記念と称してばっちりゲットした。
初めてのツーショがこんなにキラキラした旅先だなんて嬉しすぎる。
でもきっと学校でも撮ろう。
乙女チックと笑うなかれ、だってマレウス君とオレはあそこで出会ったのだから、出会ったところでの写真だってほしいに決まってるのだ。
旅先の特別な写真じゃなくて、日常を大切に切り取っておきたいのだ。
「お。いい写真じゃないか」
そんなことを思いながらスマホを眺めていたら、家族に買うのだと真剣にお土産を吟味していたはずのトレイが後ろからのぞき込んでいた。
「ちょっとやめてー。勝手に覗き込まないでくれるー?」
プライバシーの侵害ですー、とスマホを庇うとトレイは人の悪さを隠さない顔で笑う。
「本当に見られたくないものはお前はここでは見ないだろ」
お前、本当にそういうところだからな。
オレは顔をしかめて鼻を鳴らすと、慣れたしぐさでことさら丁寧にお気に入りフォルダへ写真を移す。
後でクラウドにもアップしておこう。
「写真のそれどこのだ?旨そうだな」
マレウス君と二人で撮った写真の中、写っていた飲み物の事だろう。
二人で買ってこっそり飲んだフローズンドリンク。
アルコールが少しだけ入ってて、オレは止めたんだけどマレウス君が「僕は成人だから年齢でいれば問題ない」とか言って買うもんだから、オレも「輝石の国では許可されてる年だから」なんて言って買ってしまった。
でもバレると面倒なことは二人ともわかっていたから、顔を見合わせて内緒の約束をしたのだ。
写真は共犯の証。
時効になるまで?いやきっと時効になっても秘密なのである。
「秘密」
にや、と笑ってそう言うと、トレイ君は少し面白くなさそうにほっぺたを動かした。
「ああそう」
これはあれだ。
自分も恋人に会いたくなった顔だ。
オレはトレイの脇腹を肘でぐりぐりと押して、電話しなよとけしかける。
「自分が順調だからって、こいつ…」
そんな綺麗にお化粧された顔ですごまれたって怖くな…いや、なんかいつもとは違う怖さがあるけど、なんてことはないのだ。
何故ならきっともうすぐジェイド君からトレイ君の携帯に電話が入るのだから。
そうとは知らないトレイ君は後輩がこの場に居ないのをいいことに拗ねた顔をしている。
近々その機嫌がうそのように上がることを知っているオレは、少し離れたところで監督生ちゃんと話しているマレウス君を見つめた。
一度は来てみたいと思っていた国の、一等綺麗な街で、嬉しそうに笑うマレウス君を見ることができるなんて思っても見なかった。
例えば今夜、もしくは学園に帰ってからでも、リリアちゃんにどうだったって聞かれたときに、マレウス君が今日のことを素晴らしい事だったと思い返してくれたらいいなと思う。
嘘みたいに長い車のことや、刺さるほど暑い日差し、きらびやかな異国の衣装、それからこっそり飲んだフローズンドリンク。
最後の事だけはリリアちゃんにも内緒にしてね。
「……お願いだよ」
そうつぶやくと同時にマレウス君がこちらを見てまぶしそうに眼を細めるから、オレも嬉しくなって思わず笑った。
トレイ君の何か言ったかと言う言葉は聞こえなかった振りをして、オレは降ってわいたバカンスを楽しむことを改めて胸に誓った。
花火がメインのお祭りでまだまだ序の口なのだから、今から息切れをしている場合ではないのである。
(そうだ、花火とマレウス君も一緒に撮ろう。)
シャッタースピードは遅くして、きっと泣きたくなるほどきれいに違いない。
花火を撮るのにはスローシャッターが良いのだ。