エクストラトレーニング【オル相】「それでは皆さん、本日の目玉のお時間となりました。そう、あの元ナンバーワンヒーロー、オールマイトです!」
マイクパフォーマンス中の合図とともに壇上に置かれた四角い箱に掛けられていた布がアシスタントによって引き剥がされる。眩しいスポットライトが照らす、布の下から現れた鉄格子の中にはスーツ姿のまま猿轡を嵌められ、後ろ手に両手首を戒められているオールマイトらしき人物が膝を突いて座っていた。忌々しそうな表情を隠しもせず、会場から自身に向けられる視線を睨め付けるだけで観客からは響めきと興奮の混じった澱んだ空気が巻き起こる。
「偽物かとお疑いの皆さん、まずはこちらの画面をご覧ください。彼が偽物ではない証として、オールマイトを我々が拉致する瞬間の証拠映像です」
鉄格子の背後にある大きなスクリーンに映し出されたのは、何処かで子供を人質に取られたオールマイトが大人しく拉致実行犯に囲まれている姿だった。音声こそなかったが、子供を心配させないために明るく振る舞うオールマイトが隙を見て犯人達を返り討ちにしようとしたところで、助け抱き上げた子供本人に首筋に何か注射器のようなものを刺され、がくりと崩れ落ちる姿に客席からまた歓声が上がる。
オールマイトはスクリーンを振り返ることなく冷静に周囲を窺っていた。
「こちらの檻は全盛期のオールマイトでも壊せないように作られた特別製です。かつての世界中の憧れのヒーローをペットとして愛でるもよし、弱っていく姿を眺めるもよし、薬に漬けて可愛がるもよし、楽しみ方は無限大!さあ!皆様張り切ってご参加ください!」
瞬く間に釣り上がっていく価格に司会は下卑た笑みを隠さず、会場を煽り続ける。
相澤はその狂乱を、会場の一番後ろで見守っていた。
壁に背を付け、ドレスコードのフォーマルスーツのポケットに手を突っ込み、オークションには些か興味もない顔で会場全体を俯瞰しつつ、檻の中のオールマイトに視線を向ける。
多分目が合った。
相澤は一般的な視力しかないが、オールマイトはあんな体になっても視力は衰えていない。最近スマホの距離感を確認したり目を細めていたりしているが、老眼と指摘するのは気が引けてまだ言えずにいたのに、まさかこんなことになるとは。
眺めた電光掲示板のマイクパフォーマンスによって上がり続ける桁数に現実味がなくなって数えるのをやめたが、多分それでもオールマイト個人の保有資産よりは少ないのだろうなとぼんやりと考えながら、その時を待つ。
数値はいよいよ鈍化して、あとは意地を張り合える数人が残るのみ。はきはきした声と罵声に近い主張がシーソーゲームになり、長く続く鍔迫り合いに飽きた相澤がひとつあくびをしたところで司会者の背後が突然爆発した。金切り声を皮切りに阿鼻叫喚と化した会場で、参加者に扮していた生徒達が一斉に人命救助及び犯人確保に走り出した。
相澤は舞い上がる煙に目を細めながら黙っている。
(……避難経路の確保確認しねえで先に檻持ち上げてんじゃねえぞ)
右往左往と怒号が響く会場を駆けずり回った生徒達の活躍により、やがて要救助者も犯人グループも全員退避したとみられる。
相澤は任務終了の時刻を確認し、誰もいなくなった会場をひととおり見て回ってから建物の外に出た。
救護班の旗が風に靡いている。リカバリーガールはその周りに誰もいないことを誇らしげに立っていて、中から出てきた相澤を見て頷いた。
捕縛された司会をはじめとする犯人グループと、土煙に巻かれて髪と顔と服を汚した参加者達、それを取り囲むA組の生徒達を見回して相澤は声を張った。
「訓練終了。講評は一時間後、視聴覚室で行う!」
「はい!」
「エキストラの皆さんはこれで終了です。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
生徒達が声を揃えて頭を下げる。
憎々しげな表情を浮かべていたくせに拘束具が取れた瞬間犯人達は一気に朗らかになり、生徒達へ講評より先にダメ出しを始めた。
セメントスとパワーローダーが早速訓練所の補修に取り掛かり、ミッドナイトとマイクがエキストラの誘導を始めるのを確認してから、相澤は緑谷の手によって檻ごと救出されぽつんと青空の下、訓練所の玄関広場の隅に置かれたオールマイトの元へ歩み寄る。
「人質役お疲れ様です。終わりましたよ」
「いやあ、今回の訓練緊張したねえ」
呑気な声でそんなことを言うものだから、相澤は軽く鼻で笑った。
「良く言いますよ。一番本気で芝居してたのあんたでしょ」
「だって、あんな風に閉じ込められてオークションに掛けられたのなんて初めてだったからね」
世の中の大多数の人間は自分がオークションに掛けられたことはあるまい。
「まあ、あんたが本気で捕まった感出してなかったら救出する側も本気になりきれませんからね」
後ろを向き戒められた手首を見せたオールマイトの拘束を相澤は檻の隙間から手を差し入れて解く。
この檻だって本来はこの姿のオールマイトが暴れればひとたまりもないが、それは設定の妙というものだ。
「私を競り落とそうとする緑谷少年扮する富豪のお坊ちゃんと、爆豪少年扮する中東の石油王の息子さんの壮絶なデッドヒートにドキドキしちゃったよ。君は見てるばかりで参加してくれないし」
「俺は採点係なんでね」
檻の扉を開ける。オールマイトは窮屈な中からやっと抜け出られて清々しい表情を浮かべながら大きく腕を真上に伸ばした。
「んんー!」
「……現実問題、あんたが実際に敵に拉致られて世界のどこかで売り飛ばされそうになったとして、俺にはあんたを買い戻せるだけの金はありませんし」
吹き抜ける風の方角で、誰にも聞こえないのを確信してぽつりと相澤が呟いた声にオールマイトは周囲から気取られないよう明るい表情を変えない。
「だから、この手でぶんどりに行きます」
「もし君が拐かされてこんな檻に閉じ込められて変態に買われそうになったら、私が全財産を注ぎ込んででも絶対に取り返してみせるよ」
この人ならやりかねないな、という顔をした相澤にオールマイトは光栄だと微笑む。
「……人生で二回もオークションにかけられたくないんでね。きっとあんたは格好良いと思いますがその機会が来ないことを願いますよ」
さあ視聴覚室行きますよ、と微糖な会話を会話を打ち切って歩き出す相澤の後ろを追いかけ大股で歩いていたオールマイトは隣に並んだ瞬間に違和感に気付く。
「えっ待って、さっきの口ぶりだと相澤くん前にオークションにかけられたことあるってこと?」
「さあ」
「誰かが君を落札したの……?君を……所有物にしてえっちな」
わなわなと震え始めるオールマイトの尻を即座に蹴り上げ相澤が舌打ちをした。
「アホなこと言わんで良いです。あんたには被救助者の観点から辛口で評価してもらわなきゃいけないんですからさっさと頭切り替えてください」
「……後で詳しく教えてね」
「守秘義務に反するんで嫌です」
「教えてくれないなら体に聞くよ?!」
「敵みたいな発言ですね」
「背に腹は変えられない」
口元は笑っているのに目は本気だったので、相澤は失言を悔やみつつ溜息を吐いた。
「学外での拷問自白訓練をご希望なら週末に外泊届けを」
「承知した」
オールマイトはポケットからスマホを取り出し、たぷたぷととその場でアプリから外泊届けを申請している。
「……オールマイトさんが期待してるような答えはありませんよ?」
過度な期待をされても困ると相澤が牽制する。
申請ボタンを押したスマホをポケットにしまいながらオールマイトはただ鷹揚に笑うだけだった。