5月第3日曜【オル相】 拡声器を通したような人の声と発砲音。
天気の良い日曜の午前中、遅い朝飯のために近所のパン屋に歩いて向かっていた俺と俊典さんは、聞こえてきたそれに歩みを止め同じ方を向いた。
一瞬敵と悲鳴かと浮かんだ可能性は、一緒に流れてきたお決まりのBGMと子供達の歓声に掻き消える。
「運動会かな」
「そういう時期ですもんね」
最近俊典さんが気に入って通っているパン屋は住宅街の中にある。からからとベルの鳴るドアを開けると、広くない店内には先客が二組いた。片方はおんぶ紐にチューリップハットを被った赤ん坊を背負った女性と、もう一人はピクニック籠を持った年配の女性だ。胃袋と相談して、俺の持つトレイに俊典さんの選んだパンと俺が食べたいと思ったパンを乗せレジに並ぶ。
ふわ、と漂った匂いに視線を遣ると、コーヒー始めましたという小さなのぼりがレジの上に乗っていた。それをじっと見る俺に気づいたのか、俊典さんは私アイスカフェオレがいいなあと言うので、パンと一緒にアイスカフェオレとアイスコーヒーを買った。ストローを差した透明のカップを両手に、パンの袋を腕に掛ける。
私も持つよと俊典さんは言ったけれど、ゆっくりと歩くのが精一杯の今のこの人に余計な負荷は掛けたくない。
「ねえ、少し遠回りして帰らない?」
あっち、と指を向ける先は来た方向とは違っている。医者からも無理のない範囲で運動を、と言われてはいるので俺はそれに頷いた。
日差しは眩しいから帽子を被って来なかったのは失敗したなと思う。さっきの赤ん坊のチューリップハットが思いの外可愛くて、俊典さんにも似合いそうだななんてぼんやりと考えた。隣を歩く俊典さんの先導に任せたまま歩いて住宅街の中で角を曲がって現れたのは、幼稚園の園庭だった。万国旗がはためき、円になったフィールドを取り囲むように敷物を敷いた親達が子供の遊戯に歓声を送っている。
さっきの音の出所はここらしい。
俊典さんは塀に近づいて足を留め、ちょこちょことダンスを踊る子供達を慈愛の眼差しで見つめている。俺が無言で差し出したアイスカフェオレを受け取り、逃げるストローを追いかけて口に含んで喉を潤した。
「……可愛いですね」
「うん」
その目が見ているのは未来なのだろうか。
守ってきたものを託せた、紡がれた希望の具現化。
動き始める気配のない俊典さんのTシャツの袖を摘んで引く。
「日陰に行きましょう」
三メートルほど進んだ先にちょうど木陰がある。俊典さんは俺の進言に素直に従って、そこだけひんやりとしているブロック塀の上に浅く腰掛けた。体を軽く捻るようにして時折白褐色の液体を飲みながらその目は光射す子供達から離れない。
腹が鳴った。俺はパン屋の袋に手を突っ込み、黒胡椒のきいたベーコンエピの一番上を捥いで俊典さんの口元に突き付ける。
あ、と開いた口にパンを押し込み、次いで自分の分を同じように千切って咀嚼した。
「美味しいねえ」
「そうですね」
ざあ、と風が吹き抜ける。
青い空に無数の国旗が翻るのを眺めながら俺は今夜の晩飯は鯖味噌がいいな、と思った。