「本日はお招きいただきありがとうございます、陛下」
モデル兼俳優のヴィル・シェーンハイトは有名シューズブランド『テネーブル』のアンバサダーを務めており、次シーズンの新作コレクション向けの撮影で夕焼けの草原の王宮を訪れた。
ホリデー期間を利用して数日の滞在となること、そしてファレナ王たっての希望もあり、ヴィルは関係者と共に謁見の機会を得た。
謁見の間に入ると玉座を中心に、両脇には王妃と王弟であるレオナも控えている。時間が遅めであるからなのか、甥っ子のチェカの姿は見えない。
王家の装いをしているレオナの実物は初めてみたが、黄金色の装飾品がキラキラしく照明を反射する中で衣装に着られていない立ち姿は流石と言って良かった。
(黙って立ってる分にはいいのよねぇ。ジャラジャラ派手な輝きにも全然負けないんだもの。腐っても王子様ってやつだわ)
一応は公の場であるので当然といえば当然だが、レオナの雰囲気はいつも学園で眠そうにしている様子とは異なり、しゃんと立っている。
(でも……)
しかし、ヴィルが玉座の脇に控えるレオナにちらりと視線をなげたが目が合うことはなかった。時が過ぎるのをただ待つだけの瞳は、いまひとつ普段の覇気が無くどこか虚ろで、出来の良い人形のような雰囲気が気に掛かる。
「君はレオナと同級生だそうだね」
ファレナからの声掛けがあり、ひとときうっかり逸れていた意識を戻す。自身が想定していたそのままの質問であったので、ヴィルは人好きのする表情でニコリと柔らかく笑んで、予め用意していた台詞をするりと口にした。
「レオナ殿下とは寮長同士ご一緒する機会も多くありますが、身分の分け隔てなくひとりの学友として接してくださり、日々共に勉学に励んでおります」
まぁ嘘は言っていない、だろう。王宮からの従者のひとりも連れていないこの王子様は、周りから身分を配慮されることはあっても自ら立場をひけらかすことはあまりなく――いつもの不遜な態度はどちらかと言えばそもそもの性格だろう――本人の実力で立っている。
「それは何よりだ。君にとっては、親しい友の家に遊びに来たようなものでもあるだろう。ゆっくりとしていくといい」
オフ日は是非とも暇を持て余す弟と遊んでやってくれとのご機嫌な王の言葉には、流石に憂い顔のお人形然として控えていた弟君も僅かに目を見開いて、何か言おうとした風だったが、結局それは音になることはなく眉間に僅かな皺を作っただけでそのまま閉じられた。
「宮中には君のファンも多いと聞いている。良かったら、少し時間を作ってやってくれないか」
「光栄です。わたしくしに出来ることでしたら、喜んで」
謁見を終えて控えの間に移動すると、そわそわと扉の向こうから様子を伺う人だかりが見えた。
即席のサイン会になるであろうこともまた想定の範囲内で、マネージャーからサイン会用のポストカードの束とサインペンを受け取る。
お仕事モードでニコリと笑んで手招きすると、通路にはその倍以上の人が隠れていたらしく、雪崩れ込むように押し寄せた人の波に一気に埋もれた。
「おい、ヴィル。ちょっとついて来い」
小さな黄色い歓声もそこここで上がる騒がしい部屋に突然機嫌の悪さを隠しもしない第二王子の声が響きわたった。
その瞬間群がる人だかりは瞬く間に左右に割れて整列し、各々首を垂れる。一気に視界にを遮るものが無くなったことで不遜な態度のレオナの姿がよく見えた。
「レオナ?……ダメよ、まだ終わってないもの」
当初に比べるとだいぶ人だかりが小さくなったとはいえ、まだ全員捌けるにはもう少しかかりそうだ。
そもそも突然何なのだと首を傾げたところで、ツカツカと歩み寄ったレオナはヴィルの手にしたサインペンを砂に変えた。
「ちょっと。なにするのよ!」
「もう十分こいつらと遊んでやっただろうが。いーんだよ」
順番待ちをしていた者たちは、第二王子の横暴には慣れているのか不平をはっきり訴えることはなく半ば諦めの表情を湛えている。
ヴィルはまた次の機会を作ることを宣言して、思い切り頭を叩いてやりたい衝動を抑えてしぶしぶレオナの後ろを追いかけた。
大きな庭園が見渡せる回廊を素通りして人通りの少ないエリアに入ったところで、ヴィルはレオナのご機嫌に左右に揺れる尻尾をむんずと掴んで引っ張る。
「ってえ!てめぇ、何しやがる」
「それはこっちのセリフよ。何なの急に割り込んできて」
相手が第二王子とあっては、宮中に仕える者たちとしてはその心中はさておき言うことを聞かざるを得ない。
『また、レオナ様のお気紛れか』
『まったく困ったものだわ』
ボソボソと聞こえる不平不満は獣人ではない自分の耳でも容易に音を拾うぐらいなのだからレオナの耳に届いていないわけもないであろうに。
「あン?体よく連れ出してやったんだ、感謝されてもいいぐらいだぜ。いつまでも続けてると夜が明けちまうぞ」
夜更かしはお肌に悪いんだろ。
どうやらめずらしくも気遣ってくれたらしい。
「しっかしホリデーにわざわざ仕事なんざ、芸能人ってぇのはご苦労なことだな」
「……折角のホリデーに仕事させて悪かったとは思ってるわよ、オウジサマ」
「フン、まったくだぜ」