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    コナギ

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    コナギ

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    出したい岡暦本、たぶんとても長丁場になるので、たまに上げてモチベーションを保ちたい。前にチラッと載せた部分を含めた冒頭です。
    ※セフレ関係、暦くんが女性と結婚する描写があります※

    ##SK8
    ##岡暦

    岡暦本進捗『それじゃ、暦、明日は夕飯たくさん作って待ってるから。お腹空かせて帰ってくるんだよ』
    「わーってる。そんじゃ、また明日な」
     スマホから顔を離すと、画面は名残惜しそうに母親の名前を表示したあと、ふつりと通話終了を知らせる。ほんの少しの罪悪感を助手席のリュックに押し込み、俺はカーラジオの音量を元に戻してから車をゆっくりと発車させた。空港近くで借りたレンタカーは消臭剤のにおいがかすかに残っている。窓を開けると、懐かしい湿度の風が前髪を吹き上げた。
     ラジオは去年流行った曲を数十秒流したかと思うとすぐフェードアウトし、男のパーソナリティーが明るい口調で歌手の名前を読み上げた。一足早く夏の気分を味わえましたね、というコメントに、同席しているらしい女性が「沖縄は年中夏の気分ですけどね」と笑う。ここを離れてから、その奇妙さがやっと納得できた。
     ラジオを聴くと岡店長の部屋を思い出す。古くさいアパートの一室、片隅に置かれた小さな機械から、いつも耳にひっかかる程度の音量で人の話し声が聞こえていた。食事のときも、シャワーを浴びているときも、そしてセックスのときまで、声や音楽が背景にあった。
     好きなんすか、ラジオ。剥き出しの背中に向かって訊いたとき、ほとんど寝言のような発音で店長は言った。
    「知らない人間の話しかしないからな」
     今、もし隣に座るのがリュックじゃなくて店長だったとしても、きっとラジオの話はしないだろう。俺が、今日は暑いっすねと言って初めて、ああそうだなと言ってペットボトルを取り出す。その動作が視界の端に見える気がした。約五年間見続けた男の、脳に染み付いた仕草だった。
     ――今回、お嫁さんは一緒じゃないの?
     ついさっき終わったばかりの会話が急に頭に降ってくる。都合がつかなくてと返答するまでの本当にわずかな間を、母さんが気づいていなければいいと思う。
     今日、俺はまだ沖縄には着いていないことになっている。ハンドルを握る手が汗ばんでいて、左手に光る指輪が、ほんのりと指を締め付けていた。

     ドープスケッチに向かうのは、東京で就職して以来五年ぶりだと思う。沖縄には年に何回か帰ってはいたが、店には全く寄っていない。当然、意図的にだ。学生のときは家と同じくらいの気軽さで通っていた場所なだけに気を抜いたら自然と足が向いてしまう。意識して、思い出さないようにした。行ったらぜんぶ元通りになってしまう。あの人と過ごした五年間はいつでも足下に流れていた。会ってしまったら、思い出してしまったら、俺は心地良い流れの中に簡単に落ちてしまうと分かっていた。
     車を停め、薬指の指輪にそっと触れる。ほとんどお守りのような気分だ。息を吐いて、顔を上げ、バックミラーで乱れた前髪を整えた。
    「俺、結婚する」
     自分の目を見ながら呟いてみる。なあ暦。ふつう、こういう報告はもっと明るく言うもんだろ。
     もうドープスケッチは車から見えるところにある。後戻りはできない。今日で、引きずってきたものぜんぶ断ち切って、ちゃんと前を向くために来たのだから。俺は気合いを入れるようにもう一度息を吐いて、車を降りた。
     まず違和感があった。車のドアを後ろ手に閉めながら店のほうを向いたが、景色が明らかに記憶の中と違う。一歩一歩近づくほどに、胸のうちに冷えた水がじわじわ染みていくような心地になった。
     まずシャッターが閉まっている。定休日ではないはずだが、それだけならまだ、臨時休業くらいあるだろうと納得できる。でも、古いと思った。店が古い。生気がないと言ったらおかしいだろうか。伸びきった雑草や、欠けた植木鉢や、シャッターに乱雑に吹き掛けられたカラースプレーは、建物が長い間使われていないというのを示すのには充分だ。
     俺は、なぜか笑いそうになった。口の端が歪み、乾いた息がもれる。シャッターは俺が閉店作業を手伝っていた頃に比べると明らかに錆び、触るとざらついて指を汚す。見上げた看板は色褪せ、切れた電線が垂れ下がっている。
     シャッターには貼り紙があった。テープ部分が黄色く変色し、紙自体も途中から千切れて半分はごっそり無くなってしまっていた。めくれ上がったそれを指で伸ばし、薄くなった文字を読む。
    『閉店のお知らせ』
     かろうじて読めたのは、それだけだった。
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