Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💙 💜 🍉 🍌
    POIPOI 101

    takami180

    ☆quiet follow

    たぶん長編になる曦澄その5
    兄上はおやすみです

    #曦澄

     昼時を迎えた酒楼は賑わいを見せていた。
     江澄は端の席から集まる人々をながめた。
     やはり商人、荷運び人の数が多い。
     川が使えないといっても、この町が交通の要衝であることに変わりはない。ここから馬に乗り換えて蓮花塢へ向かう者も多い。
     まだ、活気は衰えていないが、川の不通が長引けばどうなるかはわからない。すでに蓮花塢では物の値段が上がっている。これ以上、長引かせるわけにはいかない。
     そこに黒い影が駆け込んできた。
    「お、いたいた、江澄!」
    「魏無羨!」
     彼は江澄の向かいに座ると、勝手に酒壺をひとつ頼んだ。
    「何をしにきた。あいつはどうした」
    「んー、ほら、届ける約束だった写しを持ってきたんだよ。藍湛は宿で沢蕪君と話してる」
    「何故、お前たちが来るんだ」
    「写しだって、蔵書閣の貴重な資料だから、藍湛が届けるんだってさ。俺はそれにくっついてきただけ」
     魏無羨はやってきた酒壺を直接傾け、江澄の前の皿から胡瓜をさらっていく。
     江澄は茶碗をあおって、卓子にたたきつけるように置いた。
    「帰れ」
    「藍湛の用事が終わったら帰るさ」
     魏無羨がまたひとつ胡瓜をつまむ。
     江澄は苛立ちを隠すことなく、舌打ちをした。どうせ、魏無羨は自分が何か言ったところでここから動かないだろう。
    「沢蕪君、大変だったみたいだな」
    「まあな」
    「三毒から吊るして川に沈めたって聞いたけど」
    「緊急事態だったんだ」
     昨夕の自分の判断は間違ってはいなかった、と江澄は信じている。熱病とはいうが、対応を誤ると命を脅かす。
     魏無羨は腹を抱えて笑った。
    「さすが江澄、沢蕪君も形無しだな」
    「あの人はなんなんだ。突然、首を突っ込んできて」
     助けられている身としては大変にありがたく、文句を言えるような立場でないことは重々承知している。しかしながら、さすがに不可解だった。平時でさえ、こんなことがあったら驚くというのに、彼は閉関中だ。しかも、本当に外界と接触を絶っていたような人だ。
    「藍湛が驚いてるくらいだから、誰にもわかんないだろ」
    「何故だ」
    「お前に懐いたんじゃないか?」
    「閉関前から会ってないのにか?」
    「うーん、でもさあ」
     魏無羨は視線を天井へと投げる。
    「実際のところ、あの人が自分から外へ出たのはお前が来たからだろ?」
     それが最大の疑問であり、問題だった。
     この件で、どうやら藍啓仁から一目置かれてしまった。これからの付き合いに大きく影響するだろう。
     はっきりと言ってしまえば、藍家との関係は最小限に抑えておきたかった。それなのに、とんでもなく大きな貸しを作ってしまったのだ。
    「何故、俺なんだ……」
    「そんなの、沢蕪君に聞いてみなきゃわかんないだろ」
     魏無羨は酒を含んで、「あ、でもさ」と続ける。
    「お前、昔、沢蕪君にかくまってもらったことがあっただろ」
     江澄は顔をしかめた。思い出したくもない古い話だ。
    「もしかすると、守ってやんなきゃって思われてるんじゃないのか。弟みたいにさ」
     一瞬、喧騒が消えた。
     こめかみを殴られたような衝撃だった。
     江家宗主として立ち、十年以上が過ぎた。それでも自分はまだ庇護すべき者として見られているのだろうか。
     それとも、彼は弟がほしいのだろうか。失った義弟に代わる誰かが。
     しばらく、二人ともが沈黙した。
     ただ、菜をつまみ、茶と酒をあおる。それを数度繰り返した後に、魏無羨が耐えきれないと口を開いた。
    「ところでさ、水妖ってどんなのだった?」
    「姿はまだ現していない」
    「でも、問霊はしたんだろ」
    「沢蕪君が倒れたから仔細を聞けていない」
     魏無羨は再び口を閉じた。思案するように視線を泳がせ、片手で顎をさする。
     懐かしいと思った。義兄の、この表情はかつてよく見たものだ。
     江澄は口の端を上げて、茶をすすった。
     懐かしく思うときが来ようとは、一年前には想像もしていなかった。
    「なあ、江澄。異変はなかったって聞いたけどさ、それって何年前からだ?」
    「一艘目の事故は半月前だぞ」
    「そうじゃなくって、もっとずっと前に何かなかったかって聞いてるんだ。邪祟だって、すぐに力を発揮するやつと、そうでないやつがいるだろう?」
    「しかし、何年も前の事故で生まれた怨念が邪祟になるには、きっかけがなきゃいけない。そういうことも起きてないぞ」
    「江澄、おかしいと思わないか? 川も蛇行してない、岩場があるわけでもない。あんな場所で邪祟が生まれるとしたら、絶対に誰かの記憶に残っている」
    「だが、あそこは」
     年々、小さな事故の報告が増えている。ひとつひとつは些細なものだ。やれすれ違い様に接触しただの、やれ櫂のしぶきがかかっただの。
     しかし、言われてみれば、あんな場所でそう事故が起こるだろうか。川幅も十分にあり、距離を取って行き交うことができるのに。
     江澄の頭の隅に、十年前の事件が浮かんだ。「たしか、芸妓が嵐の夜に身を投げたな。だが、十年も前だぞ」
    「十年か。その間に事故がだんだん増えた?」
    「増えたな。邪祟になるための力を溜め込んでいたのか」
     些細な事故とはいえ、重なれば怨みもふくらむだろう。
     二人は顔を見合わせた。すべて憶測の上だ。確証がほしい。
     藍曦臣も交えて、問霊の結果も踏まえて話したい。
    「宿に戻るぞ」
     そのとき、にわかに酒楼の喧騒が静まった。今度は現実のことだ。皆の視線が入り口へと向かう。
     そこには姑蘇双璧が立っていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👍👍👍💞☺👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👏👍👍👍👏👏👏👏👏👏🙏🙏🙏🙏💖👏☺💖☺💙💜😍👏👏👏👏☺👍👏👏👏👍👍👍🙏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    takami180

    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

    takami180

    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

    recommended works

    takami180

    PROGRESSたぶん長編になる曦澄3
    兄上がおとなしくなりました
     翌朝、日の出からまもなく、江澄は蓮花湖のほとりにいた。
     桟橋には蓮の花托を山積みにした舟が付けている。
    「では、三つばかりいただいていくぞ」
    「それだけでよろしいのですか。てっきり十や二十はお持ちになるかと」
     舟の老爺が笑って花托を三つ差し出す。蓮の実がぎっしりとつまっている。
     江澄は礼を言って、そのまま湖畔を歩いた。
     湖には蓮花が咲き誇り、清新な光に朝露を輝かせる。
     しばらく行った先には涼亭があった。江家離堂の裏に位置する。
    「おはようございます」
     涼亭には藍曦臣がいた。見慣れた校服ではなく、江家で用意した薄青の深衣をまとっている。似合っていいわけではないが、違和感は拭えない。
     江澄は拱手して、椅子についた。
    「さすが早いな、藍家の者は」
    「ええ、いつもの時間には目が覚めました。それは蓮の花托でしょうか」
    「そうだ」
     江澄は無造作に花托を卓子の上に置き、そのひとつを手に取って、藍曦臣へと差し出した。
    「採ったばかりだ」
    「私に?」
    「これなら食べられるだろう」
     給仕した師弟の話では、昨晩、藍曦臣は粥を一杯しか食さず、いくつか用意した菜には一切手をつけなかったという 2183

    newredwine

    REHABILI
    味覚を失った江澄が藍曦臣とリハビリする話(予定)②辿り着いた先は程々に栄えている様子の店構えで、藍曦臣の後について足を踏み入れた江澄は宿の主人に二階部分の人払いと口止めを命じた。階下は地元の者や商いで訪れた者が多いようで賑わっている。彼らの盛り上がりに水を刺さぬよう、せいぜい飲ませて正当な対価を得ろ、と口端を上げれば、宿の主人もからりと笑って心得たと頷いた。二家の師弟達にもそれぞれの部屋を用意し、酒や肴を並べ、一番奥の角の部屋を藍曦臣と江澄の為に素早く整え、深く一礼する。
    「御用がありましたらお声掛けください、それまでは控えさせていただきます」
    それだけ口にして戸を閉めた主人に、藍曦臣が微笑んだ。
    「物分かりの良い主人だね」
    江澄の吐いた血で汚れた衣を脱ぎ、常よりは軽装を纏っている藍曦臣が見慣れなくて、江澄は視線を逸らせた。卓に並んだ酒と肴は江澄にとって見慣れたものが多かったが、もとより藍氏の滞在を知らされていたからか、そのうちのいくつかは青菜を塩で炒めただけのものやあっさりと煮ただけの野菜が並べられていた。茶の瓶は素朴ではあるが手入れがされていて、配慮も行き届いている。確かに良い店だなと鼻を鳴らしながら江澄が卓の前に座ろうとすると、何故か藍曦臣にそれを制された。
    2924