冬が始まるよ【冬が始まるよ】
帝国図書館は本当に、本当に個性的なところだと尾崎放哉は感じた。
彼と種田山頭火は一年以上ぶりに転生してきた新しい文豪で、文豪は全員で八十五人だそうだ。多い。まず顔が覚えられない。全員分は無理だ。
他の文豪たちもそれが分かっているのか、自己紹介はしてくれている。
放哉は滅多に外に、今回の場合は自分の部屋からは出ないのだが、それでも食事の時や潜書当番、本館当番はちゃんとこなす。
最低限こなしておけば文句は言われないからだ。その最低限すらこなせないと彼等を転生させた特務司書の少女が追いかけてくるらしい。
追いかけられた文豪はいるんだなと放哉が口にしたらボードレールさんと答えられた。
世界的な詩人も仕事をしなければそうなるらしい。放哉は追いかけられるのは拒否した。
「何で踊っているんだ」
放哉は朝の本館当番を終えてから、昼食をとることにした。
食堂には放哉だけかと想えば、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトがいてなぜか踊りらしきものを踊っていた。
彼の名前は憶えている。放哉よりも静かだが、どこかしろ得体のしれない文豪だ。世界的文豪であるエドガー・アラン・ポーの従者らしい。
「デザート。ロールケーキ。掘。試作品、シュトーレン。あります」
「それが食べられるから踊っているのか」
「美味しいもの食べる。食べられます。踊り、喜び、表現します」
ラヴクラフトは独特の喋り方をする。よく聞いてみれば解読が出来るし、これでも当初のころよりはマシになったようだ。
デザートが好きなロールケーキでさらにはシュトーレンの試作品も食べられるらしい。
「独特な奴だな。マイペースだろう」
「草野。踊る。ぎゃわず、相槌。さんとーか、同意」
「……アイツ」
貴方が言うんですか……? という料理長の声が聞こえた。放哉は平凡の部類に入ると想っている。草野心平は分かるし、
種田山頭火は放哉にとってはこの図書館で一番付き合いのある文豪だ。
料理長はこの食堂を取り仕切る人物だ。
「料理長! イノシシ肉を持ってきたから猪肉じゃがを作っていいか?」
「いのしし。だん、狩る。狩りましたか」
「今回は違う。前にお世話になった猟師さんと会ってな。貰ったんだ」
(……今回は……って)
だん、とラヴクラフトは彼を呼んだ。軽がると大きなクーラーボックスを背負った男が声を出す。
猪肉じゃがということは中の肉が猪だということだろう。肉じゃがの肉は豚肉か牛肉かで違ってくる。
地域性だが第三勢力イノシシ肉、今はジビエともいわれる食材を使って料理をするらしい。
今回はと言っていることは場合によっては狩りをするのだろうとなる。
「アンタは放哉だったな。食べるか? 料理長の料理もあるけど」
放哉と彼は呼ばれているが、ほぼ放哉だ。放哉は久しぶりに転生してきた文豪であるが、初めて名字が被った文豪でもあった。
尾崎紅葉と被っている。だから名前で呼ばれてばかりだ。紅葉先生と呼ぶ者たちも放哉にするようにしている。
「いのしし。じゃが。好き。にしん、じゃが。にしん、抜きます」
「魚は苦手だもんな。ただのじゃがになってるけど」
「にんじん、たまねぎ、あります」
ニシンを入れるという手もあるようだ。ラヴクラフトは魚が嫌いらしい。檀と話しているラヴクラフトは子供のようだが、
恐らく誰と話していても大きな子供のようには見えるのだろうとなる。
「昼はここで食べて、後は本を読むのに集中したい」
「それなら飯、もってけ」
この図書館は過ごしやすい方な……気がする。気がするだけだが。
放哉は深く入られることを好まない。それを分かってくれているものが多々いるので過ごしやすいと言えば過ごしやすいのだ。
「こーたつ、こーたつ、ぬーくぬーく、こーたつ」
「なんだそのうた」
「たらこのうたを変えたらしいよ」
放哉の部屋はシンプルだ。本棚や布団があるぐらいで、転生をした時に部屋を和室タイプか洋室タイプかを選ばされた。
和室にした。コタツは掘りごたつも出来ると言われたがテーブルタイプで足が延ばせない通常のコタツにした。
タッパーに猪肉じゃがを詰めて、晩御飯用に食事を貰い、放哉は部屋にこもろうとしたが、山頭火がやってきた。
山頭火は首に手編みのマフラーを巻きながらコタツに入っていた。
らしいよとなっているが山頭火はメロディーを聞いて覚えただけなのだろう。
放哉は山頭火の反対側のコタツに入り、帝国図書館分館から借りてきた本を読んでいる。自由律俳句の本だ。
「マフラー、編んだのか」
「織機で作って貰ったの。徳田さんが作ってくれた。手編みの練習だって」
「何でもやるんだな」
「織機も使っていたんだけど手編みも覚えようって言ってたし、あの人は手縫いでパッチワークのコタツカバーも作るんだって」
徳田秋声はとにかくこの文豪だけは覚えておいてくれと紹介された文豪だ。人数が増えすぎたため、覚えきれない問題がここにも来ている。
放哉が何かあったとき、頼るとするならば俳句関係のメンバーになりそうだが高浜虚子は抜いておく。やや怖い。
相談事があったら秋声に持ってくればいいとはなっているようだ。
「器用だ」
「放哉の分も作ってもらおうよ。おれとお揃い」
「お揃いは嫌だ」
「マフラーは作ってもらいたい、だね」
どうなんだろうかとなる、手編みのマフラーだ。秋声ならば作ってくれるだろうけれども。
「……貰えるなら貰っておくか。コタツカバーも欲しい」
恐らくはいらないと言っても作ってもらおうよ! と山頭火が押し通す気がするので抵抗するのが億劫なので認めておく。
コタツカバーも欲しいと付け加えておく。現在のコタツはかなり準備をしたのでとても暖かい。
産まれた熱は逃さないのだ。
「庭でいいから出かけようよ。場合によっては雪かきもあるんだって」
雪次第らしい。
転生して迎える初めての冬だ。秋は、そこまで感じることが出来なかった。これから他の季節も味わっていくのだろうが、
「やりたくない」
「かまくら作ったら入ろうよ!」
「つくれたらな」
放哉は現在を味わうことにする。
会話を終わらせてこたつに入った放哉は横になり読書に没頭を始める。こたつが温かくて温い。
温さが愛おしくなる現在であった。
【Fin】