とても寒い朝 恐らくこれが最後の夜になるだろう。
ドクターはとっておきのワインの封をあけ、ふたつのグラスに並々と注ぎ、軽やかな硝子の触れる音が響くや否やその縁に口を付けた。けれどもそれは、ちっとも美味くなかった。にもかかわらず、ドクターは微笑みを浮かべて、グラスを傾ける手を緩ませることなくあっという間に葡萄酒を飲み干してしまった。
私室の窓からは星々が一望できた。暗闇の中の輝きが鏡合わせに煌めいている。地平線を境にして、空の星は相も変わらず眩しいが、水面に浮かぶ月は虫食いにでも遭ったのか歪んでいる。瞬きする間にその形を変えるのは、海より来たりしあれらに眠りが必要ないことの証左でもあった。恐ろしさを紛らわせるために瓶を傾け、再びグラスを満たすと、もう一つの杯がちっとも減っていないことに気付く。だからドクターは悲しくなってしまった。共に夢に浸かりたかったが、そうはならないことを悟ってしまったからだった。
1902