306→307話の行間 無鉄砲が救うもの 続く車両のドアを開けた瞬間、眼に飛び込んできた光景に鯉登は総毛立った。
巨漢に掴みかかった月島が、掲げた左手を今にも振り下ろそうとしている。その手の中には手投弾があった。
――月島は死ぬ気だ。
考えるより先に身体が動いていた。声が出ていた。
「月島ッ」
呼び声に月島が顔を上げる。視線が鯉登の顔を捉えた。険しかった月島の表情が一瞬はっと驚愕を示したあと、さらにその険しさを増した。
「来るなッ」
「よせ月島ッ」
叫びながら鯉登は駆け寄ろうとした。
馬鹿馬鹿、なんて馬鹿な奴だ。そんなことをしたらお前も死んでしまうではないか。手投弾の威力は、お前ならよくわかっているだろうに。
――いや、一番の馬鹿は私だ。
月島は鶴見中尉殿のためなら死ねる。どれほど危ないことでも、どれほど汚いことでも、己の心を殺してやり遂げる。己を顧みようとしない。そういう男だと、わかっていたはずじゃないか。わかっていたのに。
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