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    suzumi_cuke

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    suzumi_cuke

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    本誌306・307話のセリフや描写がバリバリ出てきます。ネタバレと自己解釈全開で書いた。主に少尉目線で、軍曹を助けようと奮闘している鯉月?の話。今しか書けないだろうなあと思ったので…大事なのは勢い…(自分に言い聞かせてる)(本誌近くて気持ち悪くなってる)

    #鯉月
    Koito/Tsukishima

    306→307話の行間 無鉄砲が救うもの 続く車両のドアを開けた瞬間、眼に飛び込んできた光景に鯉登は総毛立った。
     巨漢に掴みかかった月島が、掲げた左手を今にも振り下ろそうとしている。その手の中には手投弾があった。
     ――月島は死ぬ気だ。

     考えるより先に身体が動いていた。声が出ていた。
    「月島ッ」
     呼び声に月島が顔を上げる。視線が鯉登の顔を捉えた。険しかった月島の表情が一瞬はっと驚愕を示したあと、さらにその険しさを増した。
    「来るなッ」
    「よせ月島ッ」
     叫びながら鯉登は駆け寄ろうとした。
     馬鹿馬鹿、なんて馬鹿な奴だ。そんなことをしたらお前も死んでしまうではないか。手投弾の威力は、お前ならよくわかっているだろうに。
     ――いや、一番の馬鹿は私だ。
     月島は鶴見中尉殿のためなら死ねる。どれほど危ないことでも、どれほど汚いことでも、己の心を殺してやり遂げる。己を顧みようとしない。そういう男だと、わかっていたはずじゃないか。わかっていたのに。
     激しい抵抗の数々は、車内の惨状、倒れ伏した部下たち、そして月島の痛々しい姿から見て取れる。先程、土方と斬り結んだ時の爆発も抵抗の結果だろう。それでも敵は止められなかった。他にどうしようもなく、月島は己の命と引き換えに最後の手段に出たのだ。
     その時、月島は何を思ったのだろう。
     いや、何を思ったとしても。
     それは駄目だ。
     ――私にとってお前の命は、何かと引き換えに出来るものじゃない。
     鯉登を見下ろす月島の顔は苦しげに歪み、左腕を振り上げた姿で固まっている。あの腕から手投弾を取り上げなければ。月島を止めたとして、どうやって敵を倒すかまでは、正直なところ今は考えていられない。
    「……なんで……いつもきかないんだ」
     悲痛な、血を吐くような叫びに、鯉登の胸が引き攣るように痛くなった。
     本当に馬鹿だお前は。他の何をおいても、それだけはきくことができない。今まで私と一緒にいたのに、お前はそんなこともわからないのか。
     三八式を抱えながら、月島を引き剥がそうと手を伸ばしたが、ぐるんと転換した巨体の男――牛山だ、ビール工場で宇佐美を放り投げた――は月島を担いだままこちらへ突進してきた。牛山の太い腕が腹にめり込み、みしっと嫌な音がする。引っ掛けられるようにして吹っ飛ばされながら、月島もまた放り投げられたのが回る視界の端に映った。

     何かが首に触れた感触があった。温かい、これは――人の手だ。
     月島の手だ。
     そこではっと鯉登は覚醒した。うつ伏せていた状態から頭を上げると、ズキズキと痛みが走った。床に叩きつけられた際に受け身を取り損ねて頭を打ったのか、その後の爆発のせいか、意識が飛んでいたらしい。時間にしておよそ数秒のことだろう。だがその間に、状況は一変していた。
     暴発した手投弾で半身を吹き飛ばされた牛山が、前のめりに倒れ込み、それにアシリパが取り縋っている。見知った子供の泣き声が耳に刺さったが、何もしてやることは出来ない。ぎゅっと眼を絞ったところに、鉄鋲が床を擦る小さな音が聞こえた。
     音の方へ顔を上げると、月島がよたよたと車両の後方へ移動しているのが見えた。いつの間に奪ったのか、アシリパの矢筒を手にしている。権利書が入っているのだろう。だらりと垂らした左腕からは血が滴り落ち、足取りも覚束ないが、ただ一つの目的のために、月島は出入り口へと歩を進めていた。
     鯉登は歯を食いしばると、不格好な匍匐前進の成り損ないで、その後姿を追った。

     車内を出た連結部で、月島が車両の屋根に上がっていた鶴見に矢筒を引き渡している。
    「今日ここで奴らとケリを付けてやる」
     静かな闘争心を滾らせた言葉に鯉登は胸騒ぎがした。鶴見中尉殿は、まだやる気でいるのだ。
    「月島、上がって来い」
     屋根の上から、鶴見の白い手がひらりと差し伸べられた。吸い寄せられるように、月島が右手を伸ばす。鶴見の手を取ろうとしたその時、外套を掴まれて、月島がびくっと振り返った。
    「行くな月島」
     這うようにして追ってきた鯉登が、ぎゅうと外套を掴んだ手を引っ張った。月島は疎ましそうに鯉登を睨むと言い放った。
    「放してください」
    「月島」
     構うな、と言いたげに鶴見が静かに促す。行かせまいと、鯉登は一層手に力を籠めた。
    「上に行けば死ぬぞ」
     そう言いながら、鯉登は月島を真っ直ぐ見返した。斬られた右肩の痛みを堪えて身体を起こすと、両手で月島にしがみついた。身を捩る月島を絶対に放してなるものかと益々強く引き寄せようとする。
    「俺は中尉殿のそばで全部見届ける」
     ずるずるとその場に引き摺り下ろされながら、なおも月島は精一杯声を震わせた。
     ――そんな身体で、まだ鶴見中尉殿の隣に立とうと言うのか。
     掴んだこの手を振り払う力もないくせに。立っているのがやっとのくせに。左腕は使い物にならず、脇腹には木片が刺さっていて、鮮血が外套を赤く染めている。頭からも耳からも血を流して、満身創痍じゃないか。そんな身体で何が出来るというのか。
     それでも月島は行くというのだろう。例え何も出来ずとも。逆に出来ることならどんなことでもするつもりなのだ。もし中尉殿が命じれば――否、止せと言われても、きっと月島は己の命を使おうとするだろう。槍になれぬのならば、せめて盾となろうとするのだろう。
     奉天で鶴見中尉殿を守ったように。
     樺太で私を守ったように。
     そういう命の使い方を、間違っているとは決して言えない。自分とて、同じ状況であればやはり身を投げ出すかもしれない。我慢ならないのは、月島が己の命をあまりに軽く扱うことだ。死は鴻毛よりも軽しとは幾度も唱えさせられたが、己を擲つことへ何一つ躊躇いなく、当然のように受け入れていることが腹立たしくてならなかった。死中に活を求めるのとは違う。生き残ることを端から勘定に入れていないだけだ。それは緩やかな自殺行為に等しい。
     そして苛立ちは、月島の心を囚えて離さない鶴見に対しても向けられていた。
     何年も何年も、共に戦争を潜り抜けてきた同郷の戦友なのだ。鶴見にとっても、月島は特別な部下に違いない。鶴見もまた、月島を死なせたくないと思っているはずなのに、何故連れて行こうとするのか。その結果、月島がどうなるか、聡慧な彼にわからないはずがない。
     鶴見は、月島の意思を尊重する形で、結果地獄に招き入れようとしている。もはや兵士としての働きが期待できない月島を、それでも自分の元へ呼ぼうとするのは、鶴見なりの慈悲であり、月島の望む報酬であり、鯉登には受け入れ難い行為だった。
     きっと自分の存在は、月島の望みを邪魔するものでしかないと思いながら、それでも行かせるわけにはいかないと、鯉登は月島を引っ張った。
     力無く抵抗しながら、駄々っ子のように首を振って拒む月島の眼が「行かせて欲しい」と縋るように訴える。
     ――強情者め。きかないのはどっちだ……!
     埒が明かないとみて、鯉登はキッと空を振り仰いだ。
    「鶴見中尉殿」
     月島と鶴見の間に這い出ると、月島を背後に庇いながら、未だ手を伸ばしている鶴見に相対した。感情の伺いしれないその表情に、心臓がどっ、どっ、と激しくなる。
    「土方歳三と……牛山辰馬は排除しました。権利書も手に入れた。月島は充分働いた」
     息を吸って、声が震えないように腹に力を籠めた。
    「もうこの男を解放してあげてください」
     瞬きひとつしない上官の瞳を見据えて、鯉登はそうはっきりと告げた。
     これ以上、この男が傷つく姿を見たくない。静かに休ませてやりたかった。

     月島は薄れゆく意識の中で、ぼんやりと鯉登の言葉を聞いていた。
     自分と鶴見の間に割って入って、自分のために、正面から己の言葉で語りかけている。間に介する者がいないと、世間話すらままならなかったのが嘘のようだった。
     ずっと守ってきた背中に守られている。それはどうにも決まりが悪いのだが、鯉登の背中が、今は随分と大きくみえた。痛み以外、四肢の感覚が朧気な中で、胸のあたりに押し留めるように触れている鯉登の左手だけが確かに温かく感じられた。
     ――どうしてこの人は俺のためにここまで必死になるのだろう……。
     浮かんだ疑問を、しかしそれ以上追求する余裕はなかった。視界がどんどん暗くなる。
     何も言わない、鶴見のその沈黙が答えなのだろう。一緒に行けないことが無念でならなかった。また、俺は死に損なうのか。今度はこの人が繋ぎ止めるせいで。
     それ以上意識を保つ気力も残っておらず、月島の意識は闇に落ちた。

     鯉登は、自分の言葉を凝然と聞いていた鶴見の表情が、小さく動いたことに気づいた。
     それは形容し難い、強いて言うならば珍しいものを見たときに似た、ほんの少し目を瞠ったような動きだった。そして短く瞑目すると、一瞬だけ月島に視線を寄越して、鶴見は手を引き立ち上がった。黙って踵を返し、下にいる鯉登からは姿が見えなくなった。
     ――わかってくださった。
     誰もいなくなった空間を見つめたまま、鯉登は小さく息を吐いた。頬を伝った血が顎からぽたりと落ちた。
     何も答えてはもらえなかったが、何もせず立ち去ったということは、月島を任せてくれたということだろうか。
     自分には上がって来いとは言ってくれなかった。
     ――見限られてしまったか。
     もっともそれは承知の上で、もしもの時は部下を守るために道を違えると伝えたのだから、寂しさはあれども納得はしている。或いは、それすら、己が決めた道を惑わぬようにという鶴見の優しさなのかもしれなかった。
     守った部下のほうに目をやると、気を失ったのか、目を閉じてぐったりと項垂れていた。左手を持ち上げて月島の首に触れると、弱々しいが確かに脈拍を感じて安堵した。触れている箇所より下には、樺太で負った傷跡が残っているはずだ。
     月島が全てに納得して選んだのなら、その道行きを見届けるつもりだった。
     あの小樽のコタンで、その覚悟をしたつもりだった。我々が信じた中尉殿を信じてみようと。どんな道であれ、最後まで共にあって全て見届けようと。
     だが、実際に命を投げ出そうとしている様を目の当たりにして、とても傍観者ではいられなかった。
     たとえそれが月島の望みであっても、どうしても月島を死なせたくなかった。
     死ぬとわかっているものを、みすみす行かせることは出来なかった。
     まだ戦うというなら、傷つくことは避けられない。これ以上は本当に死んでしまう。
     そうだ、誰も彼もが傷だらけになっている。誰一人無傷ではいられない。そんな舞台に我々は立っている。だが、この舞台が終わってもそこで全てが終わるわけではない。人生は続き、また別の舞台の幕が上がるのだ。そこでの主人公は自分かもしれないし、別の人間かもしれない。今度こそ舞台の途中で倒れるかもしれないが、筋書きは神のみぞ知る。それもこれも生きてこその話だ。
     瞳を閉じた月島が思ったよりも穏やかな顔をしていて、それだけで鯉登は報われた気がした。
     きっと、死に損なったと落胆したことだろう。何故止めたのだと責められるかもしれない。だが、生き残ってこそ出来ることが、選べる道があるはずだ。死んで花実が咲くものか。月島はもう充分傷つき、報いた。消せない過去を背負いながら、今度こそ、月島は自分の命を生きるべきだ。迷った時には、何度だって助けてやる。恨み言だって聞いてやる。だから、生きていて欲しい。
     どれだけ言葉を飾ろうと、望むことはそれだけだった。
     自分の我儘だ。
     結局のところ、月島の思いより、自分の望みを優先したことに変わりはない。
     真に月島を思うなら、彼の好きなようにさせてやるべきだったのだろうか。
     答えを探すように、鶴見の姿があったところを見上げる。初めて出会ったときの、美しく麗しい面影は自分の心の深いところに、鮮烈に刻まれていた。月島もきっと同じだろう。
     ――行かねばならない。
     守らねばならない部下は月島だけではない。そして鶴見のこともまた、見届けるのを鯉登は諦めてはいなかった。
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    suzumi_cuke

    TRAINING20240530鯉月。大団円後くらい。かわいこぶって口説いたのに不発に終わった話。何日もしてない!っていっても「先週しましたよね」「もう4、5日経つが!?」って感じ。天然ボケみたいだけど軍曹は本気で少尉が病気なのかと心配していたし、ちゃんと休んでほしいと思っている。
    口説き文句は明解であれ もう何日も、鯉登は月島とまともに触れ合えていなかった。
     別に喧嘩をしているだとか、気持ちが冷めただとか、特段の理由があるわけではない。ただただここ最近、課業が忙しすぎるだけである。
     これで全然会えないというならばいっそ諦めもつく。そうでなく、書類の受け渡しで手が当たったり、振り返った拍子に肩をぶつけたり、そんな触れ合いと言えないような接触を毎日するくらいには、常に近くにいるのだ。
     それだから、課業に没頭している時はともかく、ちょっとした休憩時や、少し気が逸れた時に月島が目に入ると、途端に恋しさが募る。
     ところが、月島のほうはいたって平静なのである。鯉登が次々差し込まれる課業を捌き、珍しく少し早く片付いたという日でも、「早く帰って休みましょう」と諭して解散する、そんな感じであった。休むよりは、二人で熱く濃密な夜を過ごしたいという気持ちのほうが鯉登はずっと強かったが、疲れているのは自分だけではないのだからと己に言い聞かせ、見苦しく駄々をこねることはしなかった。
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