「久しぶりに楽しいゲームだったよ」
「楽しませたお礼に逃がしてくれてもいいのよ」
「それとこれとは話が別だ」
「そう残念。次は啼かせてあげるわ」
ウィラはそう言い残して、自ら首を掻っ切る。
「投降は綺麗ではないから辞めてほしかったのだけれど……」
もうものを言わない存在に一人呟いて、ジョゼフは緊張を吐き出した。帰ったら少し休もうと思いながら、ジョゼフはぼんやりと荘園への帰還を待つ。
しかし、一向にその気配はない。
「はぁ……最悪だ」
不具合に巻き込まれたなとため息をついて、ジョゼフはベンチにどさっと身を投げ出した。この数日よく眠れていないこともあり、一息に疲れが襲ってくる。どうせしばらく帰れないのだから、このまま少し眠ってしまいたかった。しかし、眠ってしまってはきっとまた良くない夢を見ると、ジョゼフは虚空を見つめながら今のゲームを思い返す。
特質を思い切って使ってしまえばよかった。あの板は割らなくて良かった。などと勝ったものの反省点は尽きない。
心理学者に患者と新しいサバイバーが増えて対策することも多くなった。
「はぁ……」
ため息をついて、ぎゅうっと強く目を瞑る。数秒あとに突然人の気配を感じて、ぱちりと目を開けた。辺りは薄暗くなっていて、また眠ってしまったのかと、頬を軽く引っ張る。じんと痛みが帰ってきて、現実であることをジョゼフに告げた。
「本当になんなんだ」
呟くジョゼフの背筋をすぅと冷や汗が滑り降ちる。重苦しい空気が危険を伝えて、得体の知れない恐怖が全身を這い回っていた。
過敏になった神経が背後の息遣いを感じ取って、ジョゼフは飛び退く。
「ふざけるなよ」
ジョゼフの声に怒りが滲んだ。
ゲートの扉の前で笑う人影。
容姿も服装も全てジョゼフと同じ。唯一違うことといえば、サーベルを左手に持っていることぐらいだろうか。
その影は足音も無く近づいてきて、ジョゼフの数歩先で止まる。十分サーベルの射程圏内だ。
「なんのつもりだ」
ジョゼフが問いかける。影は答えることなく、笑った。裂けて見えるほど口を大きく開けて、狂ったような笑い声をあげる。
「私の姿で品の無いことをするな」
アリスブルーの奥でゆらりと真紅が揺れた。ジョゼフ自身憤っているものの、相手が何をしてくるかわからず下手に動くことが出来ない。
影がふっと近づいてきて、ジョゼフへ手を伸ばしてくる。
ジョゼフは反射的にサーベルを振って、その手を飛ばしたつもりだった。しかしチェイス中に攻撃を外したときのように、虚空を散らすばかりで、効いている様子はない。
「ちっ」
少し距離を取って再びサーベルを構えたジョゼフの視界にノイズが走る。
「ようやくか」
ジョゼフが次に目を開けた時には、見慣れた部屋が瞳に写った。
椅子の上にぽつんと置かれた手紙。大方ナイチンゲールからのものだろう。
「はぁ……散々な目にあった」
ジョゼフは大きくため息をついて、待機室の扉を閉めた。