アベンチュリン・タクティックス 中編 僕の眠り姫「急に呼び出してなんなの?」
生徒会室に行けば、ソファに座って呑気に手を振るアベンチュリン。彼は星の彼氏(偽)――――星は彼に電話で呼び出されてきたのが、チャットで普通に要件を伝えてほしかった。
生徒会室はアベンチュリンが座るソファと机、それを挟んでソファがあり、生徒会室にしては高級感が漂っていた。ここはホテルだろうか………。
生徒会室というぐらいだから、副会長や書記たちもいると思っていた。しかし、アベンチュリン以外に人が見当たらない。みんな帰ってしまったのだろうか。
「もちろん、君と遊びたくって」
「あんた、会長でしょ? 仕事はいいわけ?」
「うん、仕事は終わったよ。みんなには帰ってもらったんだ」
「………………」
なるほど、本当に遊ぶためだけに自分を呼び出したというわけだ。わざわざ人をはけさせて………。
(遊ぶと言っても何をするつもり?)
すると、アベンチュリンはポンポンと自分の太ももを片手で叩く。
「こっちに来て、星」
「………………」
「こっちに来ないと、放送で君の趣味を曝露するよ」
(本当にこの男は………)
星は渋々彼の隣に座った。できる限り距離を置いて。
「はい。じゃあ、僕の膝上に頭を置いて、横になって。子守り歌を歌ってあげよう」
「…………ふざけてるの?」
星を自分の上に座らせると思っていたのだが、まさか膝枕をしようとしていたとは。星はアベンチュリンの頭を疑った。おちょくるにもほどがある。
「あんた、いつもこんなことして、彼女と遊んでるわけ? こうやって女を落としてベッドで寝てるわけ?」
「いいや?」
ん?と星は首を傾げる。確か彼は生粋の遊び人だったはずだ。遊んでいないはずがない。
しかし、若紫と水色の瞳は嘘をついているようには思えなくて………まぁ、信じられるかと言えばNOと言いたくなるような不信感を募らせる瞳であるのは間違いないのだが。
だけど、その言葉だけは素直な感情を示したように思えた。
「もしかして、君はそんな刺激的なことがお望みだったかい?」
「望んでない。全く望んでない」
「『全く』とは……それは残念だな………」
(なぜそこで残念がる?)
アベンチュリンの一言に、星は思わず眉を顰めた。
「言っておくけど、こうして女の子に僕の太ももを貸してあげるのは、後にも先にも君だけだよ?」
「………嘘ね」
「本当さ」
にこっといつもの営業スマイルで笑うアベンチュリン。その笑顔が星には一掃苛立ちを募らせた。
(こんなことに私を呼ぶなんて………)
アベンチュリンの遊びが本当にくだらないものだと分かった星は帰ろうと腰を起こし、部屋を出て行こうとしたのだが。
「何するの」
ぐいっと腕を掴まれ、体がぐらつく。見ると、アベンチュリンは星の腕を掴み、引き留めていた。予想以上に彼の力は強い。
「君、やっぱり横になったらどうだい。眠たいんだろう?」
「……………眠たくない」
「僕に嘘はやめてくれ、恋人同士だろう?」
「……………」
正直眠たかった。昨日の夕方は久しぶりにアベンチュリンと一緒に帰らずに済んだこともあり、1人で呑気に帰宅していた。しかし、その道中ケンカを売りに来た隣町の男子学生どもが現れ、襲われかけた。
ヤクザの娘である星は当然ケンカも強い。バッド一本で全員返り討ちにした。だが、その彼らだけでは収まらず応援にやってきた愚かな者共をコテンパンにしてやった。自分自身でも強いとは思う。さすがヤクザの娘。
ヤクザの者なら強くあれ――――そう思って生きてきた。今回の勝利は当然組長には褒められると思っていたのだが………。
『お嬢、ケンカはやめてくださいってあれほどいいましたよね?』
帰宅後言われたその一言。星の帰りを待っていた組員の1人丹恒―――星にとっては兄のような彼から説教を受けた。それはもう長い長いありがたいお言葉をいただいて。
さらには組長にも叱られ、『もう二度とケンカをするな、と言ったところで意味ないんだろうが………』と呆れられた。全く2人とも一体どこで見張っていたのだろう。
そうして、うだうだしているうちに気づけば朝。
おかげであまり寝れていない。まぁ、この睡眠不足は自業自得といえばそうなのだが………。
(でも、それに気づかれるとは思っていなかった)
普段から授業でも眠っていることが多い星。しかし、今日に限って先生に起こされるためぐっすり眠れなかった。
面倒事を避けるために、星は眠れていなことを隠していた。意地を張っていつも通りの自分でいた――――こうして、誰か(アベンチュリン)にちょっかいをかけられないように。
「僕の膝の上で眠るといい、ほら」
早く来いとポンポンと太ももを叩くアベンチュリン会長。眠たすぎるせいか、彼の声は妙に落ち着く。睡魔とともに夢の中へ誘っているようだった。
「疲れているだろう?」
「………………何にもしない?」
「それはもちろん。眠っている君を襲うなんて野蛮なことはしないよ。ただ君には眠ってほしい。帰る前に倒れてしまうんじゃないかって心配になるんだ」
普段よりもずっと優しく話してくれるアベンチュリンだが、結局のところ自分に断る権利などない。睡魔の後押しもあり、星は彼の太ももの上へと頭を起き、ソファに横になる。見下ろす彼は珍しく優しく微笑んでいた。元々端正な顔もあってか、妙に眩しい。
「うんうん、よしよし」
「………………」
触るな、と抵抗しようとした星。しかし、自分の思いとは逆に瞼は閉じかけ、抵抗する気力も落ちていく。彼の大きな手は温かく不思議と心地がよかった。星の意識は徐々に朦朧としていく。
「おやすみ、星」
天国に誘うような柔らかな彼の声で、星は夢の中へと落ちていった。
★★★★★★★★
「………………」
ぐっすり眠ってしまった星。すーすーと静かに立てる寝息すら可愛らしい。アベンチュリンは彼女の灰色の髪をすくい取り、ちゅっと優しく口づける。星との約束を秒で破っていた。
星の目元を見ると、くっきりとクマができていた。朝から気づいていたことだった。授業中もずっと気にかけていたのだが、今日に限って先生に捕まり、机に突っ伏すことができないようだった。
「昨日の君、随分と暴れたようだね」
さすがヤクザの娘ともいえる暴れっぷり。遠くから眺めていたアベンチュリンは、彼女のタフさに感心していたほどだった。
「でも、怪我をされるのは感心できないな………」
星の白シャツをまくると、白い肌の腕にあったのは青い痣。大方ケンカしている最中に物でもぶつけられたのだろう。
「っ………」
どんなことがあろうと、余裕たっぷりの笑みを崩さないアベンチュリン。だが、星の痣を見て、彼は顔をしかめていた。まるで自分が傷つけられたかのように………。
「君には傷ついてほしくないんだ………」
アベンチュリンは星の髪を避け、顔を覗く。長い睫毛に日焼けを知らなそうな白い肌、星の愛らしい寝顔。
「愛してるよ、星」
その愛しい眠り姫の額に、彼はそっと唇を落とした。