雲ひとつない青空、それはまるで今日はなにも悪いことなど起こらないと言われているかのよう。
国王が公用オープンカーに乗ったのを確認して、ゆっくりと馬を走らせた。
今日は100年に一度の建国記念式典とパレードが行われる。
第一騎士団の隊長である俺は部隊を率いて護衛を担当することとなったのだ。
沿道には大勢の人が詰め掛け、手や旗を振ったり声援を送ったりと思い思いに楽しんでいるのが見える。
音楽隊の奏でる華やかな楽曲と、ひらひらと舞う花びらに祝福され順調に進んでいた。
わあっと歓喜の声が上がって、"始まった"のだと理解した。
隊員たちも初めての光景に興奮しつつも、職務を全うしようと列と姿勢は崩さない。
かく言う俺も、説明を受けただけで"それ"を見るのは初めてだった。
空からゆっくり降りてきた数多の小さな光。
"祝福"と呼ばれたそれは今後100年の和平と健康長寿の祈りが込められ、国全体へと降り注ぐのである。
軽い怪我や病気が治るという噂があるらしく、感謝の言葉も聞こえてくる。
"本人"曰く「あくまで祈りを魔力に込めたものだから治癒能力はないんだけど、細胞を活性化させることはできるからその人が治せるものは治せるかも」とのこと。
それから数メートル進んだ時。ふと、何か嫌な予感がした。
今までの風向きと違い、かすかにだが不規則な風圧を感じる。
空を見上げれば"彼"が頭から落ちてくるところで。
このままではいけない、と落下地点を予測して腕を広げる。
それを見た彼が身体の向きを変えて、すっぽりと腕の中に収まった。
覚悟していた衝撃はなく、"祝福"で使い果たしたはずの魔力をかき集めて落ちる直前にクッション代わりにしたのだ。
金色に輝く髪と俺を見て微笑む翡翠色の瞳、髪と同じ色と青色をあしらい普段とは違うかっちりした正装に見惚れた。
黄色い歓声に我に返り、内ポケットから白いハンカチをかけてやる。
本来、表に出ないはずの彼を少しでも隠すためである。
今度ははっきりと風圧を感じて見上げれば、あたふたと飛び回る大きなドラゴンが1体。
彼もそれに気づいたようで、短く指笛で指示を出せば遠くへ飛び立っていく。
「久し振りのお仕事だからって張り切っちゃったんだって。まさかドラゴンから振り落とされるなんて……」
少し胸を抑えて「騎士団長がいてくれてよかった」と安堵した声色。
やはり突然のことに驚いていたようだ。
「このまま進めて大丈夫か?」
「うん。引き返すわけにもいかないし……迷惑かけてごめんね」
首を横に振って、前に座らせる。
彼と一緒に仕事ができるなんて光栄だった。
安全にと身体を密着させたつもりだったが、彼の項は赤くなっているような気がした。
「ねえ、あの人って」
「そうかな?」
「きっとそうだよ!せーの」
「「──様!」」
呼ばれてるぞ、と小突いてやれば遠慮がちに手を振って歓声を浴びている。
こそこそしていた2人組はきゃあきゃあと興奮気味だ。
ファンサービスが好きな彼にとっては嬉しい反応だろう。
***
式典会場へ近づいた頃。
俺も期待に応えようと、馬から降りる彼に手を差し出してエスコートしては頭を垂れて甲に口づけをした。
「殿下」
「……おれ、そういうの嫌って言ったよね」
「パフォーマンス、好きだろ?」
「……嫌いじゃないけど」
おそらく眉間に皺を寄せたりそっぽを向いたり、ハンカチの下では表情が変わっていることだろう。
仕方ないとはいえ、布1枚さえ煩わしい。
ここが自室なら腰を抱き寄せて舌を捩じ込むのに、と一国の第一王子に抱いてはいけない劣情を抑え込む。
護衛任務はSPと交代し、列の端に控えた俺は彼を隣に置いた。
***
式典が始まり官僚が式辞を述べている。数人が終わった、そんな時だった。
彼の身体がぐらりと傾いてとっさに腰を抱き寄せる。
「大丈夫か?」
「……思ってたより魔力消費してたみたい」
休憩を促したが首を横に振り「大丈夫」と断られてしまった。
そのあとから周囲の視線を感じるようになったが、訳を理解したのは数日が経ってからの話だ。
週刊誌に彼の腰をずっと抱いている姿が載るなんてこの時の俺は夢にも思わなかったのである。
終わり
騎士団長×創作くん本編
2023/08/19