灰の夢不眠症で日々悩むシルバーに、マレウスは「とてもよく眠れる薬がある」と言って真っ白な錠剤を幾つか渡す。
マレウスの事を疑う筈もなく、シルバーは極自然に彼から貰った薬を飲み始める。
それから間もなくして薬の効果が現れたのか、彼女は夜もぐっすりと睡眠出来るようになった。
しかし次第に眠気は日中にも及び、授業中や鍛練の際にも欠伸が出るようになってしまった。
授業中にも関わらず眠たそうにしているシルバーの元へ、アズール(♀)が現れる。
「シルバーさん、ここの所些か調子が優れないようですね?悩み事でもあるのなら僕が聞きますよ」
その日学園内で経営しているカフェモストロラウンジが偶然休業日だったこともあり、アズールは暇潰しにとシルバーへ声を掛けたのだった。
「ああ、アズールか……大した事ではないのだがここ最近何だか眠気が取れなくて…」
そういって欠伸をするシルバーに、アズールは親身な素振りで話しかける。
「異常な程の眠気となると、原因は薬の副作用等が考えられますが…現在何か服用している薬はありますか?」
彼女の言葉にシルバーはこくりと頷くと、制服のポケットに入れていたピルケースから錠剤を取り出した。
「以前俺が不眠症だった時に、マレウス様から頂いた物だ。よく眠れる睡眠導入剤だからと勧められて……」
アズールは暫くの間の真っ白な錠剤をまじまじと見つめてからこう言った。
「それではこの薬の型番を調べておきましょうか?睡眠導入剤は副作用が強いものもありますし」
するとシルバーは安堵したような表情を浮かべ、ゆっくりと首を縦に振った。
「ああ、そうしてくれると助かる。手間を掛けてすまないな」
そう言って困ったように微笑むシルバーに、アズールは藍色の瞳を細めた。
「手間なんてとんでもない!同じ学年というよしみもありますしこれくらい当然の事ですよ」
彼女の笑顔の裏には、ディアソムニア寮のシルバーに恩を売っておけば後々業務上の取り引きで得をする部分もあるのではないかという打算的な所も含まれていたが、人よりも多少鈍感であるシルバーがその思惑に気が付くことはない。
学園から自室へ戻ったアズールは、己の日課をやり終えた後シルバーから預かった薬の詳細を調べる為にノートパソコンを開いた。
錠剤のパッケージに書いてある名前を見ながら、素早くタイピングを打ちデータベースを調べていく内に彼女の手がピタッと止まる。
「う、嘘でしょう…?こんな事がある筈……」
思わず溢れた言葉は驚きに満ちており、白い肌は普段よりも蒼白となっていた。
「まさかこの薬が排卵誘発剤だったなんて……そうなると、マレウスさんは睡眠導入剤と偽ってシルバーさんに薬を飲ませていたということになる」
そう一つの仮説を立てたアズールは、震える手付きで己の携帯端末を操作した。
「もしもし、アズールです。ええ、夜分遅くにすみません…昼間預かった錠剤についてなんですが……はい。所で話は少々変わりますが、一つ質問してもよろしいですか?」
『ああ、アズールか……大丈夫だ、俺の方は問題ない。あの薬がどうかしたか?』
「その、申し上げにくいことなのですが……貴女とマレウスさんが男女の仲になっているということはありませんか?」
『……っ!?、ど…どうしてそれを…っ、いや、何でもない。忘れてくれ……そうか、隠しても無駄か…ああ、何度かマレウス様の部屋へ呼ばれて夜枷の相手をさせて頂いている。しかしこの事は誰にも言わないでくれ……王族であるマレウス様にとって俺はきっとただのお遊びに過ぎない…』
事の真相に辿り着いたアズールは、深い溜め息を吐いて頭を抱える。
『マレウスを護る為に』と強い忠誠心を持って護衛をしている彼女が、その守るべき相手のマレウス本人によって知らぬ内に孕まされているだなんて……そんな事、どうやって本人に知らせれば良いのだろう。