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    fumifude

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    fumifude

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    傘谷灯ファンアート小説

     星一つ見えない雨の日の夜。
     煉瓦で舗装された道は、刺すように降り注ぐ雨に叩かれて濡れている。水気を帯びた煉瓦は、車道を走る車のライトに照らされて鈍く光った。その刹那の光は激しい雨に掻き消され、暗い道に小さな波紋が広がるばかり。
     疎らに立つ街灯の灯はどこまでも頼りなく曖昧で、見上げて確認しなければ無い物と思えるほどだった。
     彼女はそんな夜道を傘もささずに俯いて歩いている。項垂れた顔は暗澹としていて、悲哀を感じさせた。身に纏っているトレンチコートは芯まで雨を含んですっかり色が変わってしまい、裾から雨水が滴っている。だが、それを気にする素振りなく黙々と歩いている。一歩、また一歩と進むたびハイヒールが音を立てた。その音が五つ続いた時、鈍い音が夜道に響く。
     彼女は煉瓦に膝をついて苦悶の表情を浮かべ、自身の僅か後方を見遣った。そこにはハイヒールの細く高い踵が煉瓦の隙間に刺さり雨に打たれていた。それに手を伸ばそうとした時、膝に鈍い痛みを感じた。目線を下げると、膝に赤い血が滲んでいた。それを認めた瞬間、彼女の双眸から大粒の涙を流して慟哭した。
     雨に濡れた体は芯まで冷えているはずなのに、体から溢れるものは火傷しそうなほどに熱い。その熱のやり場が分からず、ひたすら泣き濡れていると、不意に雨が止んだ。それに驚いて顔を上げれば、年若い女性が傘を差し出していた。
    「なんかすごい濡れてるね。ケンチャナそ?」
    「……え?」
    「うわっ、ってか血出てるじゃん。とりあえずウチ行こう」
    「ぇ、あの……待って、あなたっだれ?」
    「ん? 私は傘谷灯。怖い人じゃないよ」
     傘谷灯と名乗る女性は白銀に浅葱の束を散らしたような髪が麗しく、星を失った闇夜でも鮮やかな金と翠の目が印象深く思えた。傘谷は朗らかに笑って彼女の手を引くと、そのまま手を繋いで歩き出した。彼女は困惑しながらも横目に傘谷を見遣り、溜息を一つ吐いてから、傘谷の歩調に合わせて歩き出した。

    ……

     煉瓦の道を外れ、大通りから遠去かり、集合住宅や戸建てが並ぶ住宅街の小道をしばし歩くと傘谷がある家の前で足を止めた。
     中華風の赤い提灯が献灯として灯り、植栽の鬼灯が鈴なりに実る玄関先は堪らなく不思議で、年季の入った磨り硝子の引き戸を開けて手招く傘谷は白昼夢のように現実味が無かった。
    「さぁ、どうぞ」
    「……おじゃまします」
     彼女は小さく呟くと、おずおずを足を踏み入れた。瞬間、猫の声が響いた。
    「あぁ、みかんちゃん。お出迎えしてくれたの?うふふ」
    「みかんちゃん?」
    「そう、この子。私と同い年なんだよぉ」
    「……はぁ」
     赤毛の猫を抱き上げた傘谷は猫に頬擦りをして無邪気に笑うと、優しく下ろして家へと上がった。
    「じゃあこんな所じゃなんだから上がってください。もう自分の家みたいに寛いでいいよ」
    「いやそれはちょっと」
    「そっか、まあいいや。おいで〜」
     彼女は招かれるまま家に上がり、案内された部屋の一角に腰を下ろした。趣ある籐の長椅子と壁に掛かる振り子時計がどこか懐かしさを感じさせた。そこでようやく力が抜けて、冷えを実感した。
    「さむっ」
     彼女が腕を摩って身震いすると、白いバスタオルを小脇に抱え、湯気立つ湯呑みを盆に載せた傘谷が部屋に入り、湯呑みを差し出した。
    「生姜とハチミツ。美味しいしあったまるよ。あとこれ、拭くのに使って」
     傘谷はバスタオルを彼女の膝に置く。バスタオルは先程まで太陽にあたっていたように温かく、全てを抱擁するように柔らかい。それ等に触れた時、彼女は再び涙した。嗚咽混じりに泣きじゃくる彼女の横に腰を下ろした笠谷は、彼女をバスタオルで包んで抱き寄せた。
    「よしよし」
     子供あやすように撫でる手は優しく、バスタオル越しに感じる体温は、心が震える程に欲していたものだった。彼女は傘谷の背に手を回し、溢れる涙をバスタオルに吸わせた。
    「あたしっ、ひっく……あたし、振られたの」
    「うん」
    「ずごぐっすごく……すきだったの、にぃ」
    「うん」
    「もぅ、きょぅがっ、さいごっでぇ……んぐ、うぅぅ」
     彼女は涙ながらに心を吐き出す。傘谷は小さく応えつつ背を摩った。それがまた心地良くて涙が出た。そうしてしばし身を寄せ合って涙を流し、涙がようやく枯れた頃、濡れた頬を拭われた。
    「もう遅いから寝よっか」
    「うん、でも」
    「パジャマならあるから平気だよ」
    「ありがとう」
     彼女がようやく笑むと、傘谷はいっそう喜悦して笑み、バスタオルを持って部屋を出た。それからしばしの間を置いて戻った傘谷の手には、白いパジャマがあった。
    「はい、どうぞ」
    「ありがとう」
    「着替えたら待っててね。私も着替えてくるから」
     傘谷は言って部屋を出ていき、階段を上がっていった。彼女は傘谷が出て行った方向を一瞥すると、トレンチコートなどの衣類を脱ぎ捨ててパジャマに袖を通した。パジャマは存外に柔らかな布で出来ており、鼻を寄せれば仄かに白檀が香った。その香を胸いっぱいに吸い込んででひと心地ついていると、傘谷が戻ってきた。傘谷は赤の中華釦が鮮やかな浅葱色のパジャマに身を包んでいた。
    「お、似合ってるよぉ。じゃあ寝よっか」
    「うん」
     彼女は差し出された手を取って部屋を抜けてやや急な階段を上り、生花が咲く飾り棚を正面に右へ進んだ先にある部屋に入った。部屋には、薄絹の天蓋に覆われたベッドと、煙燻る香炉が置かれた小さなテーブルが在るばかり。見慣れない光景に彼女が萎縮していると、傘谷は柔和な声で誘い、天蓋の一部を開いて招いた。
    「一緒に寝よ」
    「うん」
     彼女は開かれた天蓋の隙間からベッドに入り、所在無さげに横たわる。それに続いて傘谷もベッドに横たわると、どちらともなく身を寄せ合って眠りに就いた。

    ……

     次に彼女が目を覚ました時、頭上に広がる空の青さと頬をくすぐる草の感触に愕然とした。身につけた衣服こそ昨日のままだが、傍らで眠った筈の傘谷はおろか、昨晩過ごした家すら無くなっていた。
     彼女は真白な頭で辺りを見回す。すると、野原に見覚えのある物を見つけた。立ち上がって歩み寄れば、自身の衣服や靴が一塊に置かれていた。それを恐々と拾い上げれば昨晩感じた白檀が香った。その匂いに一つ息を吐くと、柔らかな笑みを浮かべて野原を抜け、帰路についた。
     それからの彼女は傘谷に会うために街を歩いたが、傘谷は何処にも居らず、鬼灯の植栽が鮮やかな家に繋がる道も見つけられなかった。
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    fumifude

    DONE相互であるやくごさんのポストを基に書いたリリアラ。久しぶりの二次創作の筆慣らしで書いたので短いです。
    以下の文章は元ポストより引用。

    🍐様の逆鱗に触れて無機物相手にキジョイの練習させられるんだけど下手くそさん過ぎて居残り終わらない🦌
    様はその下手くそすぎる光景見てなんかほっこりしてきて怒り自体はとうの昔に収まってる(でも続けさせる)
    一人遊び 絹のように滑らかで艶やかな金の髪が歩調に合わせて揺れる。
     歩く。ただそれだけの仕草で美しさを体現し、周囲の者に強い存在感と畏怖の念を抱かせる女性の名はリリス。アダムの最初の妻にしてルシファーの妻でもある彼女は、ビスクドールのように表情を持たぬ面持ちで真紅の絨毯の上を歩み、一つの扉の前で歩みを止めた。ドアマンをつけていないその扉の奥からは、苦悶が滲むくぐもった声が聞こえる。その声を耳にしたリリスは微笑し、ゆっくり扉を開けた。扉の先には部屋があり、部屋は紫と黒を基調にしていて灯りは点いていない。だが、部屋の奥では何かがぎこちなく蠢いて息を漏らしている。リリスは暗がりに潜む存在を一瞥すると、灯りを点けた。一瞬にして照らされたそれは光に眩んだ目を強く瞑り、立ち上がっていた耳を寝かせて小さく鳴いた。その声は小鹿の鳴き声に似ていた。リリスはそれに歩み寄ると、首輪から続く鎖を掴んで引きせ寄せ俯く顔を上げさせた。すると再び小鹿のような鳴き声が部屋に響き、リリスを見上げる真紅の双眸が潤む。その様子を見たリリスは目を細めて鼻で嗤うと、身を屈めて囁いた。
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