爪切りパチン。パチン。
あ。
善逸さんが、居間で背中を丸めて何かしている。爪の手入れだ。
そう分かると、ドキッと心臓が跳ねて、身体中の血液がふつふつと沸いているような気持ちになってしまう。やだ、違うのに。そんな、つもりじゃないのに。どうか、この音が善逸さんに聞こえていませんように、とドキドキしながら念じて、善逸さんから距離を取る。台所で、夕餉の支度を始める。
シュッ、とヤスリをかける音。
善逸さんはかなり丁寧に爪のお手入れをしてる、と思う。他の人を知らないからわからないけど。その理由は、一度聞いたことがある。でもそれを聞いてからというもの、なんだかお手入れをする善逸さんを見ると恥ずかしくなってしまう。
かぁっと顔が赤くなりながら、米を研ぐ。やだやだ、もう。はしたない。ブンブンと頭を振って、羽釜に米と水を入れると、竈にかける。
「どうしたの?禰󠄀豆子ちゃん」
イヒヒ、と善逸さんが笑いながらこちらに来る。思わず逸らした顔を覗き込まれると、ますます恥ずかしくなってしまう。善逸さんが、何も見なかったようなフリをして、竈に火をつける。
「竈の火、見てるね」
「…うん、お願いします」
うう、どうして何も言わないのかしら。顔が熱い。きっと竈に火をかけたせいだわ。
夜。寝支度をして、布団に入るなり善逸さんにぎゅうっと抱き締められる。つう、と腰を撫でられて、ひゃっ、と声が出てしまう。
「禰󠄀豆子ちゃん」
「な、なあに?」
「…期待してた?」
「……っ!ち、ちがっ…」
「あんなに、かわいい音させて…台所で襲うところだったじゃない」
「そ、そんな、つもりじゃ…」
「じゃあどうして、爪の手入れする俺を見て、あんなにドキドキしてたの?」
──爪の手入れは、禰󠄀豆子ちゃんの柔肌を傷付けないためだからね。抱く前には、ちゃあんとするよ。
そんなこと言われたら、爪の手入れをすることはどういう意味かくらい、私でも分かる。
「ドキドキしちゃうよ、善逸さんだもの…」
「うぐっ、何それかわいいっ!」
ぎゅうう、と抱き合うと、善逸さんの心音も聞こえてきた。ああ、私と同じくらい、速い。少し嬉しくなって、善逸さんの耳元で囁く。
「……たくさん、さわってくれる?」
「…とんでもねえ禰󠄀豆子ちゃんだよ」