会いたい今日、二つ分の影
仁と派手に喧嘩して一週間経った。理由はあってないような些細なこと。ケーキのイチゴを先に食べるか否か、タイヤキは頭からかじる派か尻尾派か。そんな風に始まった雑談はいつの間にか言い争いに発展して、気が付いたらお互いもう知るかとそっぽを向いていた。何が悪かったか解らないまま24日を迎え、約束していたイブは一人ケーキを食べて過ごした。
生クリームの付いた皿を黙々と洗い、キッチンを出る。起きていても特にやることもないからと、さっさとベッドに横になった。
暗い部屋の片隅に置かれた袋が目に入ってため息が漏れる。緑と赤のシールが胸に痛い。
このプレゼントはどうしようか。自分には不要なものだし、誰かにあげたいがいい人物が思い浮かばない。
あの遊び人は今頃何をしているだろう。夜のバイトで女性に愛想を振り撒いて微笑っている仁の姿を想像するのは容易く、その通りに夜を明かすのだろう。
昼は空いてるから一緒に遊ぼう、という約束も果たせなかった。
明日も会えそうにないし、気晴らしに橋本と貴文を誘って街に出てみようか……部屋に置いてある受話器の子機を、ウトウト手に取った。
翌日、急に連絡を取ったにも関わらずあっさりと三人揃ってしまい、俺たちって暇人だよなーと白い息を吐く橋本に苦笑いを返し、街中を練り歩く。入ったゲーセンの格ゲーでKO勝ちを決めて憂さを晴らし、UFOキャッチャーで取ったお菓子を三人で分け合い、カラオケになだれ込んで熱唱する二人を見ながら、ジュースを啜っている内に時間は過ぎていった。
「次、集まるのは来年かなー」
「そうだな、初詣にでも行くか。今度は仁も一緒に」
「……ああ」
「まだメール返ってこない、何してんだよ仁~。この時期に用事ってやっぱ彼女かな? 何だかんだリア充だよな、羨ましー」
「アイツに彼女がいない方が不自然だろう」
「そうだけどさ、いるなら一言教えてくれてもいいのに。なー新?」
「橋本も知らないのか?」
「うん一度も聞いたことない、話振ってもはぐらかされるし」
ざわざわする胸を押さえる。実際いてもおかしくないが知りたくない。彼女とデートする予定があるならどうして約束なんか。これもお得意の嫌がらせなのかと邪推してしまう。
二人と別れた後、もう一度街に繰り出してみたが人が多すぎて、特定の誰かを見つけるのは無理だった。
夕飯は昨日の残り物でいいか……と夜の帳が落ちた道をたどる。色濃く伸びていく影を目で追いながら、新年までにせめて仲直りは済ませた方がいいだろうな。ささくれ立った心を後に引きずりたくない。
俯きがちに歩いていた影に被さる誰かの影。顔を上げて確かめなくても、クリスマスに家まで訪ねてくる人物なんかそうそういない。
眉を下げた仁が立っていた。足を止めて無言で見つめ返す。申し開きもなく、かといって嫌みも飛んでこない。じれったくなって何か用事か? と促した。
「バイト終わったし、どうしてるかと思って。喧嘩中だけど……その、会いたかったし」
「そうか」
「まだ怒ってる?」
「別にもう怒ってない。用事はそれだけか」
うん、と肩をすくめる仁にどう言えば伝わるだろう。このモヤモヤする胸中を。これは苛立ちなのか、遊び疲れて胃がムカついているだけか。
「難しい顔して睨むなよ、本当に怒ってないのか?」
「仕方ないだろう、君が突然現れるから」
「俺がヘラヘラしながら会いに来たからムカついた?」
「そうじゃなくて……」
ざわざわし過ぎてやがて動悸がし始める。胸元を押さえても止まる所か、段々と大きくなる心音に辟易しながら、
こんなにも寂しかったのだと自覚するには充分だった。顔を合わせたら息苦しいほど、君に会えなくて寂しかった。
「お互い様という奴だ、俺も君に会いたかったから」
「マジで?」
「ああ。この間は言い過ぎたと思う、悪かった」
「ん。こっちこそごめん」
誤魔化さず彼と向き合うと少し胸が軽くなった。寒さで赤くなっている仁の頬に笑い返して、今から家に来ないかとコートの袖を引いた。
美味しいケーキはもう無いけど渡したい物があるんだ。
「寄ってく。来る前にケーキ買ってきたけどもう食べた? いる?」
「夕飯代わりにちょうどいいな」
「ケーキはデザートだろ、飯はちゃんと食えよ背伸びないぞ」
「一日くらい平気だ」
「だから抜くなって。ただでさえ好き嫌い多いんだから」
からかう時の明るい笑顔を向けて、仁が隣に並ぶ。これで喧嘩はおしまい。
軽快に喋る君と一緒に明かりの灯った住宅街を歩き出す。二人分の影がいつまでも伸びていく舗道から瞬く星を見上げた。
2015.12