明日は女性のための日。おれの最も張り切らねばならぬ日。
だのにくそ船長が職権乱用(つまり船長命令)でケーキ作れなんて言うから明日の材料がみんなぱあ。食料ならばコックとして断固拒否するが余分な材料だからそうもできない。
こいつの気まぐれにも困ったものだ。せめて明日まで待てと言うのに今日でなきゃだめだという。
「明日ケーキも、もっとうまいもんも作ってやるし肉もやるから我慢しろって」
「いいや、今日だ。ケーキじゃなきゃだめだ、何でもいいから、最高においしいやつ。じゃなきゃ許さねぇ」
ため息をついて渋々了承。仕方ない。小さいの一つ作るか。大きさは指定されていない。
しかし最高にとは、言ってくれる。
晩飯の後片づけをした後、早く、今日中だと迫る船長を無視して取りかかる。料理は聖域。
珍しく、奴は黙っておれの料理を見ていた。机の上にあぐらをかいてうずうずとしていたが、まだかとも味見させろとも言わず。
おれも久しぶりに一言も喋らず取り込まれるようにケーキを作った。
「…できた」
完成したのは十一時四五分。これならやはり明日でもよかったのにと苦笑する。
「ちっちぇえ」
「うるせぇ、サイズは聞いてないぜ」
「まだ今日か」
「明日になっても今日は今日だろ」
「分からんこと言うな今日、三月二日じゃなきゃ意味ねぇんだ」
長時間料理に夢中になっていたから煙草が吸いたくなって手を伸ばすも止められる。
「何だよ、今日が何あるんだよ」
「ばっかだなお前の誕生日だろ」
ばかにばかと言われたことに怒れないほど驚く。そうだ、そうだった、いつも明日のことに夢中で忘れてしまう。ばかが覚えていたのに自分が忘れているなんてやはりばかなのだろう。
「おっさんがあいつはあほだから祝ってやれって」
「…くそじじいめよけいなお世話だっつーの。つかおれの誕生日ケーキおれに作らせてどうすんだよ」
船長は小首を傾げて言った。
「一番上手いの食ってもらいたくて、そしたらお前しかいないだろ?」
不覚にも、胸が躍った。畜生この無自覚船長め、可愛い顔でそんな殺し文句。
「早く食え」
「あいよ」
自分で作った誕生日ケーキを自分で食べるなんて、何とも惨めだが、何故だか気分は悪くない。
「変わったケーキだな」
「やるよ」
「なんで、お前が…」
「一口食ったろ。それでいい。コックは人に食ってもらうために作るんだ。そわそわしてただろ」
うずうずし始めた。あと一息。
「最高のケーキだぜ」
我慢できず手をのばすがきにおれは笑う。
口ん中ほおばって、「うめぇ」とわめく。バカ汚ぇよ、小さいしすぐなくなっちまったじゃねぇか。
「ごっそさんうめぇ、まじうまかったあんなケーキ食ったことねぇ」
「だろ?」
――だってそれはかつて一度だけ、あのくそじじぃが作ってくれた誕生日ケーキなんだぜ?
「明日は他にもスウィーツ作るが、女性用だ。お前らにはやらん」
「えぇー」
「もう船長命令は聞かんぞ。こっからはコックのプライドだからな」
さぁ明日の下準備に取りかかる。まだ頬杖ついてへらへら笑ってるあいつにもう寝ろと言う。
「ルフィ」
「忘れてた」
「なんだ」
「誕生日おめでとう、サンジ」
ああそうかい、と受け流す。まだ五七分か。
いつもは忘れていた今日という日。あと三分間、このまま自分のためでいるのも悪くない。