周りが凄いだけで私自身はそうでもないよ「研恵ーっ!!」
「何っ!?急患!?」
ミーティング(という名のちょっとした勉強会)がてら研修医達と昼食をとっていた富永研恵は久々に聞いた父親の大声に肩を跳ねさせた。
「違うわ!全くお前はまた性懲りもなく!!」
「急患じゃないなら何?心当たりなんて無いんだけど」
「確かに院長はお前だが、事務局長に相談しろとあれ程……!!」
怒り心頭の父、進太郎に全く身に覚えのない富永は首を傾げるばかりだ。なんなら理不尽とさえ思っている。
「え、ちょっと待って。マジで知らないんだけど。それ本当に私?」
しかしあくまで冷静な娘に進太郎の怒りも落ち着いていく。後ろでは研修医四人組がハラハラと成り行きを見守っている。
「……今しがた、最新型のエコーが届いたんじゃが、お前じゃないのか……?」
富永には確かに前科があるが、今更になってこんなことをするのはおかしいし、エコーにしたって買い換えの話は出ていなかった筈だ。
「一体誰が……」
「……父さん、それ、どこに運ばれた?」
もしや、と富永には思い浮かぶ人物がいることが恨めしい。
一先ず、と機材を運んだのは事務の休憩室だった。部屋の半分を圧迫している。進太郎は受け取った事務局長に呼ばれ、宛名が娘の名前になっていたのを見た瞬間にあのグリオーマ手術の出来事と結び付け怒鳴り込んできたようだ。運ばれていた機材の箱に貼られたのし紙と付けられていた手紙を見た富永には送り主が分かって大きな溜め息が出た。
「やっぱりアンタか、氷室さん……!!」
見るのも怖いが見るしかない手紙の封を切る。やだやだ怖い。
『やっほー富永くん。一人との結婚おめでとう!ご祝儀貯めすぎちゃったんで送金するのも面倒だし、プレゼントにすることにしました。本当は省吾と合わせて富永医院に病棟の一つでも作ったろーかと思ったんだけど土地探すとっから始めたら遅くなりそうだったのでそれはまた後日な♥️』
♥️じゃねぇよ!と手紙を叩きつけそうになったが父や研修医達の手前、それは耐えた。手紙の最後には最初に出会った時に書いてもらったサインが書かれていた。アンタ、サイン変わって無いんスか。
「……知り合い、か?」
そっと話しかける進太郎に富永は無言で手紙を渡す。再びどでかい溜め息を吐いて「一人さんの幼馴染み……」と答えるのが精一杯だった。
富永は氷室に抗議の電話をすべく、院長室に引っ込んでいった。
残された研修医達は機材を前にまだぽかんとしていた。
「なぁ……封筒にクエイドって書いてあったんだけど……」
「もしかしなくとも氷室って、あの遺伝子学の氷室俊介……?」
「カズトさんって誰よ……」
「いやもうむしろ院長って、何者なの……?」
研修医達がカズトさんとやらは院長の夫であり、医学界の伝説Kその人であるということを知るのはずっと後になってからである。
「やっぱり院長って何者っ!?」
***
「もしもし氷室さん!?」
時差など考えずプライベートの番号を入力し、アメリカでニヤニヤ笑っているだろう男に富永は感情のまま怒鳴る。
『やっほー富永くん。その様子だと届いた?俺のご祝儀』
「届きましたとも!アンタ何考えてんですか!」
『まァまァ、そう怒鳴りなさんな。いずれ必要になると思ったからさぁ』
「そりゃ、最新機材はありがたいですけど……!」
あー違う違う!と氷室が電話口でカラカラ笑う。
『富永くんが、だよ』
「私……?私もそりゃエコーくらい使いますけど」
『鈍いなぁ』
ーー富永くんが一人との子供を妊娠したら使うだろって言ってんの。
「……は、……え」
『あいつ精力強そうだし、一発で出来そう』
「~~~セクハラですっ!!」
それだけ言ってガチャ切りするのが精一杯だった。
年齢が年齢だし、と言っても考えていない訳ではなかったし、一人の精力が強そうなんて富永が一番よく知っている。何せ結婚以来一身に注がれているのだから。
「……次、会う時どんな顔で会えばいいの……」
お礼だけは言うもんか、と心に決めて熱く火照る顔を無駄と分かっていても少しでも冷めるように、と手で扇いだ。
ちなみにそのエコーは一人の診療所にも贈られ、同じ反応をされた氷室は通話の切れた受話器を見ながら笑った。
「似た者夫婦め」
エコーが活躍する日は近い、かもしれない。