寺井先生監修スキンケアセット(合計◯万)ばっしゃばっしゃと惜し気もなく化粧水を顔に叩き込む。その様子を偶然にも見てしまった龍太郎は二度見した。何せ世界一有名なネズミのキャラクターを模したヘアバンドで前髪を上げ、スキンケアに励んでいるのは上司であり診療所の主である神代だったので。
「な、何やってんスか……?」
「スキンケアだ」
テーブルに並べられている数本のボトルやコットン、パックシートを見てからもう一度神代を見る。神代はまた化粧水を手の平に出し重ね付けをしている。そりゃ龍太郎だって乾燥で皮膚が突っ張るこの季節くらいはローションを付けたりするが、ここまでしっかりやったりしない。うろ覚えだけど実家の母親が使っていたものに似ている気がする。洗面台になんかごちゃっと並んでたやつ。多分。先生だって俺と似たようなもんだったはずなのにいきなりどうした、と手元を見ればスマホが立て掛けてあり、誰かとビデオ通話をしていたようだ。
「あっ邪魔してスンマセン!」
「いや、いい。共用スペースで話していた俺が悪い。しかし今日は電波の調子が悪くてな。ここが一番安定しているんだ」
確かにこの診療所は奥まった場所にあるので時々電波が怪しい時がある。固定電話最強説。俺はもう一度頭を下げてから診察室兼食堂からそおっと出ていった。
その日から神代は念入りにスキンケアをするようになった。
ある時は柄入りのパック(しかも可愛らしくデフォルメされた熊!)をしたまま、スマホのインカメラをどうするのか聞かれたし(その熊のパックをくれたのは娘ちゃんらしく、報告のための写真を撮りたかったそうだ)ある時は念入りにクリームを塗り込んでいるところに遭遇した。元々年齢を感じさせない人だったが日に日に肌艶が良くなっているのが分かる。
ちなみにヘアバンドは奥さんとおそろいだそうだ。子供達が修学旅行で買ってきてくれたようで、子供達はリスの兄弟らしい。いやこの凛々しく整った顔面にキャラクターもの使わせるってすげえな。
そして最高潮に肌のコンディションが整った朝のことである。肌は心なしか艶々して光を弾いている。
「行ってくる」
「ハァイ、出来るだけ早く帰って来てくださいね」
「高品先生!……K先生、ゆっくりしてきてくださいね」
正反対の言葉で送り出された神代はフッと口許を緩め、マントを羽織った。
「先生、本っ当奥さん大好きっスよね~」
結婚して十数年経つらしいが、毎回あんなに気合いを入れて会いに行っている。そりゃあ双子が口を揃えて「仲が悪いよか百倍いいけど目の前でイチャつかれるのはそろそろキツイ」とか言うだろう。
「それだけじゃないんですよ……」
診察の準備をしていた麻上が何故か遠い目をしてフッと笑う。何故かひゅるりと舞い落ちる枯れ葉が見えた。
「あ、麻上さん……?」
「あれは牽制です」
「け、牽制?」
俺はごくりと生唾を飲んだ。麻上がすごく真剣だったから。
「富永先生……奥さんに近付こうとする不埒者を顔面で殴りに行っているんです」
な、なるほど、と納得しかけて、いやなんて!?とツッコミを入れるまであと二秒。