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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #クレタス・キャサディ
    cletusCassady.

    過去ログ37首に指を這わせる。汗で濡れた肌の下に脈を感じる。息を吸えば喉仏も上下し、そのまま指を首に回して締め付ければ気道は塞がり息は詰まる。そうするのに理由があった。くっきりと鮮明な悪夢のせいだ。ふー……と辟易としたため息を漏らしながら首を指で撫でる。きちんと自分の首がつながっているのを確認すれば額を抑えた。頭を丸ごと食い潰される夢などクレタスは一度も見たことがない。それも到底人間ではない怪物にだ。はっきりと覚えているのはその怪物に自分の頭が丸呑みにされる瞬間のこと。牙が柔らかい首に食いこみ骨を噛み砕いた音を聞いた。食いちぎったクレタスの首を嚥下する音も。その瞬間の記憶を辿れば、そうなる直前に浴びた雨粒の感触まではっきりと思い出せた。

    「くそっ……」

    それ以上記憶を遡るなと本能が警鐘を鳴らしている。だが一度辿り始めた記憶は芋づる式に引き摺り出されていく。定められた起床時間より早い独房は薄暗い。その仄暗さのためか夢の中の記憶に意識が引き摺り込まれていくようだった。瞼をうっかり閉じればさらに記憶が勢いを増して流れ込んでくる。
    その中に女性の姿が見えた。当然、その女性の長い黒髪にも声にも覚えはない。クレタスの名を呼びその頬に優しく触れる感触もだ。たとえ夢の中の自分の恩人であったとしてもクレタスには無関係でしかない。フランシスなんて女をクレタスは知らない。たとえこの牢獄から自身を逃がそうとしてくれたとしても本心から愛せるかどうか。それさえ怪しいものだった。どうにも、夢の中で見た自分の存在は甘っちょろい。真実の愛だの家族だのそんな薄っぺらいものに執着し、欺瞞を疑いさえしていなかった。それだけでは飽き足らず友情さえ欲している姿には吐き気を催した。頭を押さえたまま上半身を起き上がらせる。鉛でも詰め込まれたように全身が重いのは夢見が悪かったせいだろうか。また深々とため息を漏らした。
    雪崩こむ記憶の中にあるのは甘っちょろく幼稚な自分の姿だけではない。赤い肌だ。臓物のように血管が浮き出た生々しい肉色の生命体に身を包まれた禍々しい姿だ。夢の中で唯一それだけはクレタスの心を満たしていた。だからこそ、あのスーツが現実にいないことだけが喪失感を覚えさせた。そしてある種の羨望も夢の自分に向けられる。夢の自分はあの生命体のスーツと共生することなく畏れさえ感じていたようだが、自分は決してそうならない自信があった。
    息を潜め周りの様子を伺う。看守の気配はない。そうして粗末で硬いマットレスの下から静かに取り出すのは鋭利な針だ。刺繍針や注射針ではない。看守の目をくぐり抜け、ざらついた壁に擦り付け磨き抜いたそれは歯ブラシの柄だ。本来であれば気の利かない看守や精神科医の首にでもねじ込んでやるつもりだったのだが、今は違う目的でそれを手に取った。切先の鋭さを指で弄って確認する。その鋭利さをはっきりと感じれば掌に当て一気に引いた。暗闇の中で滴る音が響く。ジンと痺れるような痛みが遅れてやってきた頃には目も慣れた。視界に映るのは赤い血だ。傷から溢れた血がコンクリートの地面に染み込んでいく。当然それは蠢きはしない。声を発することもないし、クレタスの肌を装甲のように包み込むこともなかった。わかってはいたが感じるのはやはり喪失感だった。掌の痛みと共にまた記憶が蘇る。

    「……父親。父親……ねえ」

    獣のような鋭い牙が立ち並ぶ口に、白インクが滲んだような形の目、そして闇をくり抜いたような漆黒の体に筋骨隆々な怪物を思い描く。それを父親と確かに呼んだ。皮肉な話だ。血の繋がった家族は遠い記憶の中に葬り去ったはずだった。その過去を思い起こさずとも、黒いスーツの怪物が自分の父親に見えたことは一度もなかった。これを治療中、精神科医にでもポツリと話してみれば待ってましたとばかりに診断書にペンを滑らせるだろう。そしてシリアルキラーになった理由は家族との不仲にあると諭すように語るのだ。そんなものちょっと心理学に憧れるティーンエイジャーでも分かるようなことを言う。そんなことは想像に容易い。そしてあの赤いスーツを着た自分は、自尊心の肥大化だの自己防衛の表れだの言うのだろう。それを思えばひどく腹が立った。なぜ非実在の存在を否定されただけでこんなにも憎悪に近い感情が湧くのか理解できなかった。妄想癖だの指摘されようが、投薬の数が増えようがクレタスはあの赤い生命体の否定だけは決してできる気がしなかった。あれは自分自身だとさえ確信している。もしここまでのことを流暢に話してみせれば、治療にあたる医師は最近与えた薬が合っていないと検討するに違いない。あるいは精神的な患いが悪化したと考えるはずだ。だがそれでも、クレタスはあの赤い生命体を、カーネイジを欲していた。
    自分であればもっと、分かり合えることが、共生だってできるはずだと。自分の肌から溢れる血を何かに取り憑かれたように見つめながらあの赤い存在を切望していた。
    この世界の自分であれば、障壁となるフランシスと呼ばれた女だって殺す。マリガンという警察も自分の手で葬ってやる。視界に収まった全員をバラして教会の中に飾ってやるのだ。聖母マリアが血の涙を流すほど美しい装飾を、バラバラに刻んだ肉を一帯に飾り付ける。そしてエディも、ヴェノムもだ。黒い肌を剥がし、次にはエディの生身の肌を剥がして剥製にしてやる。夢の中で味わった屈辱を果たしてやるのだ。
    それにしても、友情という言葉に乾いた笑いがこぼれた。そんなものを誰が求めるって?と思わず腹まで抱えてしまいそうになるほどに下らない。そんなもので自分の中に燻るものが癒やされるはずもない。ぎし、とマットレスが軋む。そんなものに固執するから夢の中の自分は死んだのだ。確かに夢の中の自分は現実と大差なくシリアルキラーだった。躊躇いもなく他人を傷つけ、命乞いも踏み躙って嬉々として皆を血の海に沈めた。だが負けたのだ。戦いの最中に弱さを露呈して。ひどく屈辱だった。怒りで奥歯を噛み締め、拳を壁に打ち付ける。この音で看守が駆けつけようが構いはしない。むしろこの屈辱の気晴らしの相手になるだろう。この尖った先で肌を裂いてやればきっともっといい気晴らしになる。だが、そんなクレタスの邪悪な思考を見透かしたように誰かが駆けつける気配はない。
    思い直し、柄の鋭い先を首にあてがった。チリチリとした鋭い痛みを肌に感じればじわっと嫌な汗が滲み出た。バクバクと脈は乱れ、息を吸い込むたびに切先が肌にめり込む。この痛みは好ましくないどころか、恐怖心が湧き上がる。死ぬ間際、ほんの一瞬であれ痛烈に感じた痛みは間違いなく現実だったと思い込まざるを得ない。確かに、クレタスは死んだのだ。あの夢の中で。

    「ちくしょう……」

    首にあてがった柄を振り下ろす。そうしている間にも真っ暗な口腔内に頭部が丸呑みにされる瞬間が何度も蘇る。認めたくはないが、その瞬間に感じたのは本能的な恐怖だ。他者に与え続けてきたはずの恐怖を与えられた。教会から落下し身体中の骨が砕けていたとしても、食い殺される瞬間、一切の抵抗もできなかった。家族も友情も得られずに死んだ哀れな男の最期だった。ひどく惨めだった。それが自分であるということを突きつけられたことがあまりにも不快だ。自分に存在するのは混沌だ。それだけのはずだというのに。
    一体、夢の世界においての自分は何を欲していたのか。いくら考えても別人の思考を見透かそうとしているかのように手応えもない。あの夢は何かの暗示だったのだろうか。それとも妄想か。あるいは本当に薬が合っていないのか。何一つ手がかりはなかった。ただ確信していることは一つだけある。あの赤い寄生体は自分のものであるということだ。そして……。柄を握りしめ、掌を刺し貫いた。荒く削れた切先がぶちぶちと肌を切り裂く。体が震えるほどの痛みだったが喪失感を癒すには適任だ。掌を塗り潰すほどの血が溢れて、鉄臭さが檻の中に立ち上る。それを柄を握ったままの指でなぞり舌の上に乗せた。舌が痺れるような鉄の味が広がる。鼻腔に抜けるのは生臭い生き物の味だ。そこに感じる存在は自分以外にはない。蠢く触手はない。

    「俺のものだ……」

    興奮で緑色の瞳孔が拡大していた。明らかにまともではない瞳のぎらつきに乱れた呼吸。加えてこの独り言だ。端から見れば自分の生み出した妄想に取り憑かれただけの男に過ぎない。だが、あれは現実なのだ。きっとどこか、ここではない別の場所で自分の身に起きた出来事である、そしてあの赤い寄生体は自分のものだという確信は揺らがない。揺るぎない確信のままに血に濡れた指で顔を撫でる。輪郭に沿って赤い筋が流れてもそこには誰もいない。クレタスの肌を包み、圧倒的な力を与えてくれる相棒はいないのだ。
    クレタスは欲しても手に入らなかったものは全て壊し、存在をなかったことにした。告白を受け入れなかった少女も、自分を痛ぶるだけだった祖母も、居場所を与えなかった聖エステスも全て。今回ばかりはそうもいかない。この世界にシンビオートは存在していないからだ。果たしてヴェノムと呼ばれた父親もいるのさえ怪しい。双方ともこの世界に存在していたとしてもクレタスが手を伸ばして触れられる距離にはいない。
    機会を待つというのは得意ではないが、きっと好機は訪れる。そう願う他になかった。きっと自分の方が遥かにカーネイジと気が合う。願ってやまない好機が訪れたとして出会うことさえできれば、きっとあの世界のカーネイジより脅威的な存在になり得る。そしてこの世界は混沌に呑まれて恐怖に侵されるのだ。羨望から生まれる嫉妬を押し殺しもせず乾き出した傷を抉ってさらに血を滴らせる。果実でも刻むような気軽さで何度も何度も傷を抉りだす。もはや痛みは感じなかった。何度も抉った傷からは掌の骨が一瞬だけ覗き見えた気がした。だがそれもすぐに溢れ出た鮮血で塗りつぶされる。失血で肌が青白く輝いていた。

    「だから、早くこっちに来いよ」

    この傷口からお前を受け入れてやる。そうして一つになってやる。ここには存在しないはずの相棒へと呼びかける。遠かれ近かれその日は必ず訪れるはずだと信じてやまない呼び声だ。熱に浮かされた声はやはり正気のものではない。しかし確かに聞こえたのだ。クレタスに呼応する声が、柵が嵌められた窓の向こうから聞こえた気がした。必ずお前と結びつく、と。それがやはり重篤な病の進行なのか。それとも現実か。それさえ不明瞭ながら呼び声に呼応する反応があったことに満足そうな笑みを浮かべた。暗闇に支配された独房の中でただ1人で。
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    Replies from the creator

    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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