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    モブ狩人がルドウイークにクソデカ感情を一方的に寄せる話
    暴力表現有

    #Bloodborne
    #聖剣のルドウイーク
    ludwigOfTheSacredSword

    傾倒する狩人の話曇った窓ガラスに雨粒が伝う。重力に従い流れていくそれは自分の人生だ。いずれ父親の石膏細工の家業を継ぐだけのつまらない人生になるのだろうと、黒い革を重ねて繋ぎ合わせたグローブで窓ガラスを撫でる。だが、今日から雨粒が天に昇るように自分の人生も変わるのだとまだ若い狩人は確信していた。先日、祖父の代から続いていた石膏細工屋は廃業した。正しく言えば、家屋が潰されたのだ。家屋だけではない。ともに逃げ隠れていた老いた父と母までもを失った。黒い毛が逆立った金の目を輝かせた獣によって。だが、自分だけは生きている。
    吐いた呼気で窓ガラスが曇った。しかし憂鬱な呼吸には幾分の興奮も含んでいた。その視線の先には一人の狩人がいる。この市街に住む人間で知らないものはいないだろう。教会直属の狩人だ。そして自分は彼のおかげで生き延びたのだった。父の腹を裂き、母の首の骨を砕いた後、狙いを定めて歩み寄ってきた獣の腹を銃で撃ち抜き、一瞬の隙も与えぬ間も無く大剣で首を切り落とした。その剣技は鮮やかで少しの迷いもなく、月明かりのように鋭い一太刀が闇に閃いた。それを思い出すと脳に火照りを感じる。その熱は心臓にまで届き、異様な興奮に囚われる。熱に浮かされていると指摘されれば静かに頷くだろう。その興奮は自覚的でありながら静まることがない。この感情を言い当てるなら敬慕の他になかった。視線を窓ガラスから下ろし、装束越しに左腕を撫でる。革で作られた装束は分厚い。だが指で押すように撫でれば針で空いた穴がチクリと痛み、初めて教会の門を叩いた日のことを思い出した。

    「先日の獣は、随分と巨大で悍ましいものでしたなあ」

    ガタガタの黄ばんだ歯で笑う老人の指が左腕の静脈を探る。その指の腹は角質ばっていてまるで枝が弄っているようで気味が悪かった。だが、狩人になるために必要なことだと返事もせずに黙って受け入れる。老人は何が楽しいのかへへへと妙に下卑る笑みを浮かべて、針を静脈へと穿ったのだ。

    「アイツは医療者の一人でしてね。私を含め、何人もの医者を取り纏めるような……それはそれは優秀な男でございました」

    アイツと親しそうに呼ぶ割には随分とまあ見下した口調であった。表情だけではなく口調からも侮蔑が滲み放っている。ズキと針の刺さった腕が鋭く痛んだ。反射的に拳を握れば半透明のチューブの中に血液が逆流していく。それを諌めて医者と名乗った老人が拳を叩いた。だがその表情にはまだベタついた笑みを浮かべていた。

    「どうぞ。貴方様は獣に堕ちることがなきよう、良き狩人になってくださいまし」

    医療者どもは弱々しく、狩人のように戦うことなどとてもとても……等、なんて白々しいことだろう。一度も返事をすることもせずに芝居掛かった口調の医者を無視して血管から其れを受け入れた。蝋燭の灯りのみで照らされた室内では、その点滴剤の色は判断がつかない。だが、其れが血の中に潜り込んだ瞬間、何かが弾けるような痺れが襲った。その痺れは瞬間的なものですぐにその感触さえ忘れてしまったが。肉体的な変化はそれだけに終わったが、心的なものであれば変化があった。針が外されれば皮膚の上にポッカリと小さな穴が浮かぶ。湧き出る井戸のように点滴剤と血が混じったものが溢れて滲んだ。それを医者の指が乱雑に拭う。止血は終わりだとばかりに包帯さえ巻かれなかった。捲ったシャツを下ろせば赤いシミが浮かんだがそれを気にかける余裕がないほどに浮き立っていた。自分もこれで狩人であるという喜びと、きっと彼の役に立てるだろうという根拠のない自信だ。主に後者が夏の雲のようにむくむく育ち謙虚さを隅に追いやっていく。工房から配布されたばかりの鋸槍を手に、銃を背中に下げる。
    用が済めば医者を気にかける意味もない。もう自分は一人の狩人なのだと医者に背を向けて黒ずんだ床を歩く。木製の床は不気味なほどに体重で沈み、玄関扉はひどく重たい。体重をかけて押し開ければシャツに血が染み込む感触がした。その不快感と重たさに顔を顰め押し開ければその無様な様子を医者が笑う。ニタニタと神経を逆撫でるベタついた笑い声だ。それを睨め付け外へと出た。
    妙に乾いた唇を舐め上げる。見上げた太陽はまだ高く、白い陽光はただ健全だ。だというのに夜が恋しくて恋しくて仕方がなかった。

    「ああ……」

    ルドウイークによって市民から狩人が募られた。その人数は彼の人望を表すように多くの市民たちが集まった。健康で若く、無知ゆえの無鉄砲さを持つ者が多かったように見える。その中には見知りの者もいた。そしてその見知った顔の顔はべろりと剥がれて本の表紙のように捲れていた。不幸なことにまだ息の根があるのだろう。ごひゅっと濁った咳を吐きながらノロノロと捲れた顔の皮を必死に撫でつける。彼はもう助からないだろう。誰の目に見ても明らかな怪我を負った知人を前に立ち竦んだ。知人の顔の皮を剥がした獣はのしのし重たげに動き、太い腕を振り上げる。その爪が狙ったのは知人の喉だ。もしも、この場にあの英雄がいればきっと彼を憐れな死の運命から跳ね除けてやるのだろう。自分も彼のように、そうは思っても右手も左手もまるで自由にはならなかった。内側から凍りついたように指の一本も動かせない。当然、獣の無慈悲な爪はもう間も無く男の喉を刺し貫いた。まだ何も成し遂げていない、哀れで若い狩人が一人死んだ。煉瓦の石畳に血溜まりが広がって、その上で手足が悶えるのが獣の背中越しに見えた。断末魔の痙攣を何もできずにただ街灯に縋りながら見つめていた。死の気配が緩慢に広がっていく。冷たい気配は足首を這い上がって腰を砕いた。
    噛み合わない奥歯が鳴る音を聞きつけたのだろうか。獣の光る目がこちらを捉えた。獣に表情などないはずだ。なのに、その表情が歓喜に歪んだように見えた。きっと恐怖心がそう見せたのだと思う。何故か、あの薄気味の悪い医者の笑みを思い出してゾッとした。それからの記憶はない。
    ハッと血生臭い熱い息を溢したとき、自分の現状を把握した。髪を押し込んでいた帽子は無く、こめかみに深い裂傷が走り血で視界が赤く染まっている。見えない背中にも同じように裂傷か、あるいは咬傷を負っているのだろう。火を背負ったように熱く、四肢をかすかに動かすだけで痛みに全身が震えた。その傷を負わせた獣はすぐ真下にいた。鋸槍を頚椎に突き立てられ、全身の至るところに銃創が残っている。息絶えていることは明らかだった。手にしていた鋸槍はない。長銃の弾薬は尽きている。意識も記憶も朧げだが間違いなく自分が殺したのだろう。顔と両手は自分の血だけではない、獣の生臭い血でべっとりと濡れていた。汚れるのもお構いなしに髪を両手で掻きむしる。
    不思議な高揚感に酔っている。そして実感が静かな波のように押し寄せてきた。また彼に近づけたと。知人が無残な死を迎えたばかりだというのに悲しみはついぞ感じることはなかった。砕けた石畳を靴先で突いて転がせば黒い土が現れた。血に染まった視界で見たそれは、彼の剥がれた皮を連想させてゾッとする。そこで初めて彼の死を悼んだ。
    これが初めての狩りだった。初めてが終われば2度目が訪れる。3度、4度、と獣狩りの夜が訪れる度に見知った顔は減っていく。その都度に狩人を募る活動があったようだが、人数は増えることはなく減っていくばかりだ。生き残った者たちの表情も瞳も曇り、澱んでいく。ヤーナムに僅かに残っていた希望は蝕まれていく一方だった。

    「何故、お前は平気なんだ?」

    そう問うたのは1人の狩人だった。彼もまた市民の1人であり、英雄の一声によって集まっただけの非力に等しい狩人だ。顔はむくみ、目の下は炭を塗ったようなクマで老けこんでいた。その理由は酒だろう。彼は日常的に酒に溺れ狩りの恐怖を紛らわせ続けていた。そんな様子を見つめるばかりで返事をしないことに苛立ったのだろう。手にした酒瓶の底を乱暴にテーブルに叩きつけた。

    「仲間が死のうが眉ひとつ動かさないのはお前だけだ。なあ……、おい」

    教養を感じない荒っぽい口調だった。それを嗜め、他人の目があると言えば胸ぐらを掴み上げられた。狩人として相応しい行いではないと咎めればその勢いで横面を殴打された。教会から離れた市街の酒場とはいえ、いよいよ客も少なくなってきた娯楽の場の中でも人の噂は立つことだろう。今や市民たちに残された娯楽は下世話な噂話だ。酒場で酒に酔った狩人同士の揉め事は格好の餌食にしかならない。今、街に起きている不幸は狩人たちの怠慢であると後ろから石を嬉々として投げつけることだろう。
    口に残った血を袖で拭い去れば、一瞥し胸ぐらを掴む腕を振り払った。足払いの一つをすれば酩酊した男は尻餅をついた。

    「……俺たちは教会の捨て駒だ」

    俯いた男の表情は窺えない。すっかり毛髪が薄くなって肉色の頭皮が見えていた。彼も、狩人として集うことがなければただのしがない印刷屋だった。戦意も失ってただブツブツ言葉を溢すだけの男に祈る。憐憫は感じなかった。あるのは頬が緩むだけの優越感だった。

    雨の時期が過ぎ、訪れたのは太陽の季節だ。山岳にある街は思えぬほどに街の空気は澱み、得体の知れぬ湿気が肌に纏わりつく。蝿が頬を掠めた。その視線の先には腐敗した肉片が積み重なっている。その肉片は幾人もの人間だったものだ。墓穴が間に合わずとりあえずと街の端に寄せたものが腐り一つになったそれは目の奥に染みるほどの激臭を放っていた。腐った多量の肉塊をスコップで掬う。棺桶に入れろなどの情けは教会のお達しにはなかった。掬い上げた腐肉は無慈悲にも下水へと落とされた。人間とは呼べぬドロドロに溶け始めた肉を掬っては下水に投げ落とす。最初こそ、埋葬もされぬ哀れな死体たちに憐憫を覚えた。だが、もうそんな感傷に浸るほどの余裕は狩人たちには残されていなかった。
    ヤーナム唯一の希望である英雄が発症したというのだ。
    下世話な噂だと耳に届いた最初こそは一笑にした。しかし彼は太陽を恐れるように陽の下を歩くことがなくなっていた。それどころか教会の中でさえ姿を見かけなくなっていた。一端の狩人であれ、彼の姿を見聞きする機会は何度も恵まれていたというのに。
    腐った肉を下層に落とし、その仕事が終われば間も無く夜がやってくる。夕暮れに沈んだ街中に漂う影は狩人たちだけだ。皆生気もなく陽炎のように揺らめき、太陽が沈むのを怯えている。乾ききった唇を舐めれば血の味がした。両腕は過酷な仕事量で震えている。こんな腕でまともに刃を振るい、銃を撃つことができるのだろうか。痺れる腕を持て余して自身の体を抱きすくめる。以前より筋肉がついたはずなのに何故か肌は冷え切っていた。高い太陽に日中炙られ続けたはずなのに不思議だった。だが疑問を抱く猶予はない。ぽつ、ぽつ、と松明に火が灯されていく。それを見て何も疑わずに松明に火を灯した。これが狩人の慣わしであるかのように。だが、その松明の火は一つ、また一つと消えていった。今宵の獣狩りは酸鼻を極めるものだった。
    悲鳴と呼吸を漏らしながら必死に路地を駆ける。幸運にも軽傷だった。だが傷に毒でも流し込まれたのだろうか。冷えた皮膚を炙るように熱く、血は一向に止まる気配を見せなかった。走りながら後ろを見やる。背中を追ってくる獣の気配はない。そうしている間にも太腿に負った傷から血ダラダラ流れて装束へと染み込んでいく。止血をしなければという理性より死への恐怖が上回り、首を落とされた鶏のようにあちらこちらへ制御を失って走っていた。
    初めて目前で人間が獣と化したのだ。発症したのは決して親しい間柄でもない狩人だった。3人で隊を組み、市街の見回りをしている最中のことだった。1人が突如夜空を見上げて意味不明な言葉を発して地面に倒れた。それだけではなく何度も地面に頭を叩きつけ、しまいには砕けた石畳の破片を口一杯に頬張りだした。歯が砕け、歯茎が抉れて口から血が溢れかえる。それを羽谷締めにして止めようとした狩人は死んだ。獣毛が生えた腕で胸の肉を抉られたのだ。狩りに慣れたと自負をしていたがそれが如何に傲慢だったかを自覚した。狩りには慣れたかもしれないが、人間が目前で獣に変貌するという恐怖は新鮮で、戦慄が走り続ける。
    自分も獣になるのか。その恐怖だけが支配していた。獣になった狩人と自分の共通点はヤーナムの市民で、人間で、そして……英雄の言葉の許に集った。不意に足音が近づいた。獣ではない靴底が立てる足音は力強く、また無駄がなかった。ヒッと喉が鳴ると同時に右肩を掴まれる。爪が食い込む感触がないというのに悲鳴が喉から迸った。

    「落ち着きたまえよ」

    威厳のある声だった。しかし威圧感はない親身な声音だ。必死に振り払おうとする腕の力が抜け落ちる。その声に聞き覚えがあった。向かい合うように肩を引き寄せられればその視線と目があった。

    「止血をしよう。……ここらの獣はもう狩り終えたから心配は不要だとも」

    その声は初めて聞いたときのものと変わらない。だが彼は確かに病を発症していた。穏やかな水面のような瞳は崩れていた。それが意味することを知っている。先ほど獣と化した狩人が同じ目をしていたのだ。その視線に気付いたのだろう。だが何も語らずルドウイークは目を伏せて、傷口の様子を伺った。衣服を最低限裂き、慣れた手つきで傷を圧迫して上から包帯を巻いた。気休め程度だがと呟けば輸血液の入った注射器を取り出した。

    「……自分の方が勝手が分かるかね?」

    鉄で作られた注射器を差し出された。英雄ともあろう男は献身的だった。1人の狩人が死のうと誰も嘆くまい。だと言うのに死なせないと気概を持って治療にあたっていた。彼はとうに獣の病に冒されているというのにだ。

    「……獣憑きめ」

    侮蔑が溢れた。言いようのない怒りが胸から湧き上がってくる。彼は英雄だ。誰もが心酔する至高の狩人だ。それがこの様だった。獣の病に冒され、きっと直々にあの狩人のように気を違えて無様を晒す。そうしてすぐにでも醜い獣に成り果て堕ちるのだ。血液がヘドロのように粘ついたような感覚だった。怒りに任せルドウイークの腕を払い除けた。注射器は宙を舞いカランと遠くに転がる。それだけでは収まらず、その肩を突き飛ばした。

    「悍ましい……!」

    鍛え抜かれた彼の体は僅かに後退するだけだった。俯いたルドウイークの表情は窺い知れない。せめて侮蔑には侮蔑が返ってくればいいものを、彼は黙って背中を向けた。それがやたらと怒りを誘った。足元に転がった適当な石を彼の背中に投げつける。理性を蕩けさせてもコントロールは失わなかった。彼の肩甲骨辺りに石が当たり鈍い音を立てる。それでも彼は振り返りもせずただ寂しさを残して立ち去ろうとしていた。

    「何が英雄だ。この……痴れ者が!」

    投げつけた石はルドウイークの後頭部に当たった。流石に頭部を狙うとまでは思ってもいなかったとでもいうのだろうか。無防備にその一撃を受けてよろめいた。それでも怒りは鎮まることはない。理不尽にも投げた石を喰らったことにまで感情が増幅していた。背負った長銃を手繰り寄せれば今度はそれを振り上げる。構えて飛びかかれば銃床を彼の頭部に叩きつけた。それでもなお、彼は無防備に……いいや全てを諦めているかのようにその一撃を庇いもせず受け入れた。ガツッと鈍い音を立てると同時にルドウイークは膝を追った。背中を蹴り上げてうつ伏せに倒し、すかさず馬乗りになった。その頭部にもう一度、さらにもう一度と銃床を頭部に叩きつけた。支えていた肘も折れて額を地面に落とすことになってもなお暴力的な衝動は抑えが効かない。血で銃を掴む指がヌルついてもなお。それでもルドウイークは抵抗どころか悲鳴一つも漏らさなかった。時折、聞こえるのは殺しきれなかった呼気程度だ。

    「……君は、元は市民か。……そうだね?」

    両腕は疲労を思い出したように重くなり、振り上げるのが困難になっていた。興奮と暴力で息を弾ませながらそうだと答えた。脳震盪を起こしていてもおかしくないだろうにその声は震えてさえいない。小さく長く吐き出した呼気と共に言葉が返ってきた。

    「……すまないことをした」

    彼は病に堕ちようと英雄としての体裁を損ってはいなかった。本心なのだろう。でなければその腕で頬を殴打すればいいだけの話だ。そもそも、混乱に陥った惨めな狩人1人放っておけばいいだけの話だ。そうすれば朝方には乾いた死体となって何れ腐った肉塊になるだけのこと。しかし彼はそうしなかった。自分の声によって集った狩人を1人たりとも無視することができなかったのだろう。愚直なまでに彼は英雄だった。これが数ヶ月前のことであれば己を恥じて謝ったことだろう。
    しかし、もう自分は狩人であり獣を葬るためにここにいた。それが如何に都合のいい保身であるかは自覚できなかった。英雄であれ獣は獣だ。侮蔑を吐き捨て、渾身の力を込めて再び銃床を彼の頭に打ちつけた。何かがひしゃげて砕けるような音が響いた。
    肌にゾッとした怖気が駆ける。一気に正気に立ち帰り、おずおずと彼の肩を揺すった。しかし何の反応もない。跳ねるように背中から降りると背中を何度も揺さぶっても反応らしいものは返ってこない。彼を中心に広がっていく血溜まりに気づいて喉が笛のように鳴った。ガチガチに強張った指を彼の口元に寄せ、呼吸を確認しようとして……突然恐ろしくなった。自分は果たして何をしてしまったのか。それを知るのが恐ろしく、弾けるようにその場から逃げ去った。黒ずんだ階段に躓きながら駆け、またしても目的もなく出鱈目に街を駆け回る。傷口にはやはり毒が潜り込んでいたのだろう。心臓が痛み、血に濡れた咳を繰り返す。そうしながらも足は止められなかった。教会に報告を、と思わないこともない。だが自分のしでかしたことの大きさと恐怖で足は教会とは反対に、聖堂街の下層へと走っていく。獣避けの香が不快に鼻腔を貫き、血に染まった反吐を吐いた。
    あれから何時間と経過したのだろうか。狩人と鉢合わせれば勢い任せに体を押し倒し、首に齧り付いて肉を屠った。他の狩人たちが騒ぎ立てれば銃も鋸槍も使って退けた。もちろん無傷では済まなかった。銃弾に穿たれ、刃で抉られ、体力は尽きかけている。ゼエゼエと肩を上下させながら一つの街灯にしがみつく。空を仰げば東の空が紫に染まり出していた。朝が来ることにさえ怯えていた。太陽が昇れば自分の行いが白日の元に晒される。
    英雄は死に、街は終わる。
    ああ、と絶望のうめきを上げながら両手で顔を掻く。肉が削げ、血が滴っても止められなかった。そこに慈悲のような一撃が喉笛を貫いた。鋭い発砲音が爆ぜると同時に勢い余って地面に転がる。銃弾が貫く感覚はもうお馴染みだった。銃弾が放たれた方角を見てその手を伸ばす。自分を殺す張本人の首を捻じ切ってやるという欲のまま。だというのに殺意と苦痛にもがく手を誰かが握った。死を間近にして冷える自身の手よりその手は冷たく、死神が来たのだと悟った。

    「……本当に、君にはすまないことをした」

    狭まる視界の中で目を凝らした。その手を握るのはルドウイークだった。先ほど殺したはずの。柘榴のように割られた頭部は面影もなく、髪は血に濡れた様子もない。装束は袖を通したばかりのように一滴の血にも染められてはいなかった。そして初めて気がついた。握られたその手は黒々とした獣毛が生え揃い、長く鋭く爪が不衛生に伸びていることに。関節も捻くれ節々が目立っているその腕はまさしく獣だった。不恰好で悍ましい腕を悼むようにルドウイークが優しく抱き寄せる。

    「せめて、君に血の加護があるように」

    どこまでも穏やかで慈悲深い声だった。その声も、気高さも、強さも、初めて邂逅したときに目の当たりにした自分だけのものだった。彼の全てに心酔し最期を看取られる。この上ない喜びだろうと瞳を見開いた。最後の瞬間までもを彼の狩りを網膜に焼き付けたい。その一心であったというのに無情にも彼が構えたのは銃だった。銃口を額に押しつけられればその熱で皮膚が炙られる。
    どうか、もう一度でいい。貴方の狩りを、刃を振るう様をどうか。ガタガタに歪んだ唇で乞おうとした声は不明瞭であり彼の耳には届かなかったのだろう。打ち消すような一発の銃声が朝日に鳴り響いた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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    pa_rasite

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    傾倒する狩人の話曇った窓ガラスに雨粒が伝う。重力に従い流れていくそれは自分の人生だ。いずれ父親の石膏細工の家業を継ぐだけのつまらない人生になるのだろうと、黒い革を重ねて繋ぎ合わせたグローブで窓ガラスを撫でる。だが、今日から雨粒が天に昇るように自分の人生も変わるのだとまだ若い狩人は確信していた。先日、祖父の代から続いていた石膏細工屋は廃業した。正しく言えば、家屋が潰されたのだ。家屋だけではない。ともに逃げ隠れていた老いた父と母までもを失った。黒い毛が逆立った金の目を輝かせた獣によって。だが、自分だけは生きている。
    吐いた呼気で窓ガラスが曇った。しかし憂鬱な呼吸には幾分の興奮も含んでいた。その視線の先には一人の狩人がいる。この市街に住む人間で知らないものはいないだろう。教会直属の狩人だ。そして自分は彼のおかげで生き延びたのだった。父の腹を裂き、母の首の骨を砕いた後、狙いを定めて歩み寄ってきた獣の腹を銃で撃ち抜き、一瞬の隙も与えぬ間も無く大剣で首を切り落とした。その剣技は鮮やかで少しの迷いもなく、月明かりのように鋭い一太刀が闇に閃いた。それを思い出すと脳に火照りを感じる。その熱は心臓にまで届き、異様な興奮に囚われる。熱に浮かされていると指摘されれば静かに頷くだろう。その興奮は自覚的でありながら静まることがない。この感情を言い当てるなら敬慕の他になかった。視線を窓ガラスから下ろし、装束越しに左腕を撫でる。革で作られた装束は分厚い。だが指で押すように撫でれば針で空いた穴がチクリと痛み、初めて教会の門を叩いた日のことを思い出した。
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