待ち合わせ場所はコンビニの前。角からぬっと、まるで影が伸びてきたみたいにその人は姿を現した。
思わず一歩後ずさった僕を見て、悪戯が成功したみたいににやりと笑う。
「驚かせちまったか?」
「......わざとなら怒るよー、雨彦さん」
「そういうわけじゃないんだが。すまなかったな」
合流を果たしてしまえばここに長居する理由はない。僕の方から促して歩き出すと、雨彦さんは大人しく並んで着いてくる。横断歩道を渡りひとつ隣りの路地へ。移動中にも視線を感じるから「なに?」と尋ねたら、指でトントンと指し示された。
「眼鏡。してるの珍しいな」
「そう? ドラマとかの役でたまにしてたでしょー」
「あれはその役として見てるからな。北村が掛けてるのは新鮮だ」
そういうものだろうか。アイドルという職業上、一応変装用にと掛けてきた眼鏡に雨彦さんから反応があるとは思っていなかった。縁の太い眼鏡はちょっと野暮ったくて、こんなことならもう少し洒落た物を見繕ってくればよかったと心の中で後悔する。
「オフの日は敢えて忍ぶが芸能人...。雨彦さんももう少し変装したらどうですかー。アイドルなんだしー」
今日の格好も申し訳程度に帽子は被っているが、顔を隠すものは何も無い。ただでさえ雨彦さんの長身は目立つだろうに。僕の可愛げのない物言いに「ほう」と雨彦さんは少し考える素振りをすると、急に身をかがめてこちらを覗き込んできた。
「っ、なに」
身構えた僕の顔からそっと眼鏡を外すと、雨彦さんはそのまま自分の顔にそれを嵌めた。レンズ越しに桔梗色の目を細めてみせる。
「どうだい?」
変装したらとは言ったけど今とは言ってない、とか。胡散臭さが増した、とか。そのウェリントン型よりもっと細身のやつの方が雨彦さんには似合いそう、とか。言いたいことはいっぱいあったけれど。貼りつけていた余裕のメッキは眼鏡と一緒に剥がされてしまった。
「......そのまま掛けてて」
それだけ伝えると僕は顔が見えないように俯いてスマホを眺める振りをする。地図アプリを開いているけれど、目的地はもう頭に入っていた。このまま雨彦さんに似合う眼鏡でも探しにデートに行くなら穏やかなオフの日になるのだろうけれど。
「......今からでも、買い物に予定変更してもいいんだぜ?」
僕の心を見透かしたみたいに雨彦さんが言う。それでも僕は首を振って初志貫徹の意志を伝えた。緊張で震える指を誤魔化すのに雨彦さんの手を引いて、もうひとつ路地を渡る。外の看板に料金表が記された店の並ぶ通りが現れた。
目的地はラブホテル。僕はこれから雨彦さんと初めてセックスする。
速度を増す心音につられて足早に歩みを進める僕は、雨彦さんからどう見えているのだろうか。