誕生日なんて、歳を重ねる毎に何も感じなくなると思っていた。けれど、この事務所に入ってからは毎年盛大にお祝いされる。会う人みんなから「おめでとう」の言葉をかけられて、雨彦さんやクリスさん、それに九郎先生や一希先生、プロデューサーさんからはプレゼントまで貰ってしまって、何も感じないなんて到底無理な環境に置かれてしまった。もちろん、嬉しくて困ったなという意味でだ。
貰い物でパンパンになった鞄を抱えて帰路につく。電車の中は暖房が効いていて、少し暑いくらいだ。それともお祝いされて舞い上がってる気持ちで体感気温があがっているのだろうか。スマホを見れば、兄さんからも誕生日を祝うメッセージが届いていた。ちょっとくすぐったい反面、わざわざ送ってくるということは、と察してしまう。案の定、続きの文面は今日も家には帰れないという旨で、了解とありがとうだけ返信して画面を閉じる。タイミングよく、車内アナウンスが最寄り駅を告げた。
帰宅して、少し重たい荷物を下ろす。部屋の静けさにほうと息を吐いた。無人の部屋の空気は冷たく、フローリングが熱を奪っていく気がして急いで畳敷きの自室へ避難した。エアコンを付けてもすぐには暖まらない。身を縮ませるように膝を抱えてぼんやりしてしまう。
兄さんが忙しいのはいつものことだ。昨日だって一昨日だって、部屋の静けさは変わらない。たまたま今日は事務所が賑やかだった分、無音が耳に染みるだけ。
「…賑わいに慣れて、静寂かく苦き…。ひとりも気楽で好きだったはずなんだけどなー」
自嘲するように呟いて、明日の予定を確認するためスマホを手に取る。並ぶアイコンの中、受話器のマークが目に止まった。
指先が迷う。もう夜も遅い。迷惑かもしれない。用事らしい用事はなにもない。でも。でも。
一瞬息を詰めて、連絡先をタップする。コール音が、1回、2回。
『…北村か?』
「雨彦さん」
案外あっさりと電話は繋がった。『どうした?』と聞いてくる声に、どう返事をするか言い淀む。だけどとっさに言い訳なんて思いつかなくて、正直に白状するしかなかった。
「……どうしても、雨彦さんの声が聞きたくなってさー…」
事務所でも会ったのにおかしなことを言ってると思われるかな。ひとつ歳をとったばかりだと言うのに子供みたいな甘え方をして呆れられてしまうかもしれない。そんな不安をよそに、雨彦さんの声は柔らかく耳に届く。
『光栄だな』
「え?」
『誕生日プレゼントに俺の声をご所望ってことだろ?』
フ、って、噴き出した笑いが音に乗った。目の前にいたらきっと雨彦さんはウインクして言っているに違いない。そういうことにしておいてあげるよー、なんてしれっと返事をする。もうプレゼントは貰ったし、あんなに充実した誕生日を味わっておいて、もっと望むなんて贅沢過ぎると自分でもわかっているけれど。
もう少し、せめて部屋が暖まるまで、雨彦さんの声で暖をとらせて。
『誕生日おめでとう。北村』