『黄昏の公園』
寒さも日に日に増していき、日も暮れるのも早くなってきたこの頃。どこか物悲しさを感じさせる季節のある日、その日の金色・一氏ペアは試合に負けてしまった。
部内のミーティングで反省をしたが、それでも少し物足りない気がする。結局小春とユウジは二人きりで反省会を行うために公園に訪れていたのだ。
「…………」「…………」
だが、いざ公園についても無言が続いてしまい、重々しい空気が二人の間に流れる。それに耐えかねたユウジは「ちょっとなんか買ってくるわ」と自動販売機の方へ走り出す。
一人残された小春は辺りを見回す。すると、ポツリと佇むブランコが目に入る。小春はそこにそっと腰をかける。
「…………」
誰もいない公園。静謐な空間にキィ、と錆びた鎖の音が響き渡る。
「はぁ…………」
そんな物悲しさが助長された空気を纏いながら、小春は大きくため息をつく。
今回負けてしまった原因は完全に自分にある。些細なミスの繰り返し。ちょっとした計算のズレ。
ユウジは必死にフォローをしてくれたが、焦れば焦るほど自分の計算はズレていき、データが狂い出す。視界が揺れ、ぐわんぐわんと目が回り、試合中の嫌な感覚が思い出し、思わず背中を丸めてうずくまる。
……と。
「わ!」
不意に背中に温かいものが押し付けられる。振り返るとユウジがホットミルクティーを買ってきていた。
「買ってきたで。甘いモン飲んで落ち着こう?」
「…………せやね。」
小春は飲み物を受け取り、プルトップを爪でカチリと開ける。
中に入っている温かな液体を胃に流し込む。すると、その甘さが疲れきった脳に染み渡り、ホッと落ち着く感覚がする。
そんな小春の様子を見て、ユウジは優しげに語りかけてくる。
「今回、小春調子悪そうやったな。気づかんですまん。」
「……別に、ユウくんのせいやないのに。やめて、そういうの。」
「なんでや。ダブルスのミスは二人のミスやろ。」
「ちゃうわ。今回のは完全にアタシの問題や。」
自分が悪いってわかっているのに、負けた悔しさからか苛立ちは更に募ってしまう。八つ当たりだって分かっている。だけど、思わず彼に甘えて当たってしまう。次から次へと口から出てくる言葉は止められない。
そして遂に、決定的な言葉を口にしてしまう。
「しつこい、一氏。構うな。」
……言ってしまった。ハッとした時には遅かった。
自分から反省会をしたいと言い出したのに、結局彼を突き放す言葉しか出てこない。
だが、流石にいくら普段がしつこい一氏相手でも、言い過ぎてしまったことは分かる。
違う。たしかに鬱陶しいと思うこともあるが、本気で傷つけたい訳じゃない。
そろそろ「小春〜!」と情けない涙声のユウジの声が飛んでくる頃だ。小春は慌てて言葉を訂正しようとする。
……だが。小春の予想に反して、今日のユウジはいつになく真剣な表情を浮かべる。テニスのことが絡んでいるからだろうか。いつもとは異なり、真面目でキリリとした表情を浮かべる彼に、不覚にもドキリとさせられる。そして、そんな彼を見つめていると、彼は小春の手をそっと握る。
そして。
「なんでや。オレたち一心同体少女隊修行中やろ。二人で一つやろ。お前の問題はオレの問題や。小春の重荷も、俺に背負わしてや。」
「…………」
そんな真摯なユウジの言葉は、小春の胸に突き刺さる。そして、彼の沈んだ心を徐々に暖めていったのであった。
そして、ようやく小春は強ばった表情を和らげる。
「……せやね。ごめんね、ユウくん。言い過ぎてもたわ。」
「そんなの分かってる。かまへんで。」
やっと素直な気持ちになれた小春に、ユウジは安心したようにふにゃりと笑う。
だが、そんな真剣な表情も束の間。やはり我慢をしていたようで、みるみるうちに彼の眉尻は下がり、目尻にはうっすらと涙が滲む。
「せやけど……やっぱり構うなって言われたんわ悲しいわ〜!小春〜!!!」
あぁ、いつものユウくんや。
真面目なユウくんもカッコよくていいが、やはり自分の相方はこうでなくては。どこか安心した心地を覚え、小春は柔らかく笑い返したのであった。
【備考】お前がマイナスなら俺はプラス以上になる一氏。
☆ ☆ ☆
『水族館』
今日は合宿中の束の間の休日。小春とユウジは二人で水族館に来ていた。彼らはその水族館の一番の目玉の熱帯魚の水槽の前に訪れていた。
「綺麗やなあ~」
そして、色とりどりの尾ひれで舞いを踊る小魚たちを目にし、小春はそう呟いていた。
だが、そんな小春のふとした言葉にユウジは反応する。
「お前の方が綺麗やで、小春。」
小春は呆れたようにため息をつく。
「今はそういうことを求めてたんやないの。アホ一氏」
そう言い放つと、ぷい、と小春はそっぽを向いてしまった。
「小春~!」
背中からユウジの泣き声が聞こえる気がする。
でも、今は振り返ることが出来ない。
だって、そんな彼の些細な言葉にも思わず顔を赤めてしまった自分が見られたくないから。
【備考】テニラビ小春ならノリノリで「そうでしょお~?♡当然やないのお♡」って言ってくれる。どっちのパターンも可愛い。
☆ ☆ ☆
『観覧車』
頂上に着いた時、夕日が差し込む。オレンジを返すレンズと、紫に色づく坊主頭が美しく、ユウジは思わず小春に見とれていた。
「ユウくん?」
そんな世界一綺麗な相手の口から、自分の名前が紡がれる。瞬間、彼の中心部で何かが弾ける感覚がし、血が全身を駆け巡り、ドッドッドッと破けそうなほど心臓な暴れ出す。
「くぅ〜〜〜、可愛え〜〜〜〜〜!!!!」
堪えきれず、遂にユウジは手に拳を握り、それをぶんぶん振り回す。天井だけが吊るされた不安定なゴンドラは、彼の些細な動きでガタガタと揺れる。
小春はそんな相方を必死に止めようとする。
「もう~、暴れんといて。危ないやろ?」
だがそんな小春の様子を見て、ユウジの想いは更に募っていく。目の前の最愛の相方を見つめ直し、真っ直ぐな視線を送る。
そして、深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「小春……。世界一好きや。」
「!!!」
今にも地平線に飲み込まれんとする太陽がユウジを照らし出す。彼の顔は夕日のせいか熱のせいか分からないほど真っ赤に染め上げられている。
テニスとお笑いに真剣な時の彼の姿は、何よりも誰よりも美しく最高にカッコイイ。だけど、今この瞬間、目の前にいるユウジもその姿に負けず劣らない。
そう感じた小春の頬も、ぽっと太陽の熱に赤く染め上げられる。
「んもう、ユウくんたら♡」
「小春……」
夕日が沈む。辺りは徐々に藍色に染まっていく。
しかし、彼らの頬だけは未だに夕日に照らされ続けていたのであった。
【備考】ツンデレ小春も捨てがたい。「大人しく座っとき、一氏。」って言って、ぼそりと「アタシもや♡」って言って「なんや?」って聞き返される。「なんでもない~」「小春のいじわる~!」……いや、これでもう一編できるな。
☆ ☆ ☆
『喫茶店』
「今日の練習大変やったなあ~」
「せやな」
部活帰り。全国大会も近く、今日の部活では白石が練習メニューの改定を行っており、いつも以上に負荷がかかり疲労が溜まっていたのだ。
だが。
「……ちょっと寄ってもええ?」
そんな中、小春はふと声をかけてくる。
「俺は大丈夫やけど、小春ははよ帰って休みたいんちゃうん?」
「ううん。ちょっと、お茶せえへん?疲れて、甘いモン食べたい気分やねん。」
「もちろんええで、小春~!」
ユウジが快く了承すると、二人は喫茶店に立ち寄る。
そして、席に着くと二人でメニュー表を広げ、商品を選ぶ。
「なにする?」
「クリームソーダ。ユウくんは?」
「俺もお揃いにする~!」
注文を終え、少し談笑をしていると、間もなく店員が二つのクリームソーダを運んでくる。
テーブルの上にはお揃いのグラスが並ぶ。その奥には、大好きな小春が居る。
そんななんて事ない日常の一コマなのに、ユウジはふと、多幸感に満ち溢れた感覚がする。
——そして、不意に彼は言葉を零していた。
「こうしてるの、なんか楽しいわあ。幸せやな~」
何気なく呟いた言葉であったが、何かが込み上げ、ツンと鼻が痛くなる気がした。
と、ふと、目の前の小春がぎょっとしたような表情を浮かべていた。
「え、ユウくん何泣いてるん!?」
「え、うそ、なんでや!?」
慌てて顔を拭うと、確かに目尻が濡れていた。情けない姿を小春に見せてしまったこと恥じ、必死に止めようとする。
しかし、一度溢れ出してしまうと止められない。じわりと次々に涙が浮かんでくる。
そして。
心配そうに見つめる小春の表情を見てしまうと、自分の本当の気持ち……涙してしまった理由に気がついてしまう。
大会が近い。大会が終わるとどうなる。自分たちは引退だ。
部活帰りに立ち寄る喫茶店。こんななんてことない日々もあとちょっとで終わってしまう。
それを自覚してしまうと、余計に涙は止まらなくなる。
「うぅ〜、小春〜〜〜!!」
涙で滲んでぼやける視界の向こうで、小春が慌てる様子が目に映る。そんなことも気にせず、ユウジは小春の名を呼び続ける。
俺たちが二人で一つな時間はあとちょっと。
【備考】お前の道はお前が決めろ。俺の道は俺が決める。