別れ 夕飯を終えた司がリビングでテレビを見ていると、テーブルに置いていたスマホが音楽を鳴らした。画面に映し出されているのは、恋人である類の名前。
「もしもし?」
『あ、天馬?』
応答した後、聞こえて来た声がスマホの持ち主でなかった事に司は事態を把握する。
今日は、高校の時のクラスメイト達と同窓会だった。
司は仕事があったので欠席したが、休みだった類は渋々と出席したのだ。
「今から向かう」
『よろしくな』
司は通話を切り、コートを羽織ったら会場になっている店へと急ぐ。今朝、気を付けると笑っていた類の表情を思い出しながら、足を動かした。
案内をしようとした店員に事情を話して、同級生たちがいる部屋に通してもらう。扉をノックして引き戸を開けると、司の目の前にはべしょべしょに泣いている類の姿があった。
「お、天馬。お疲れー」
「お疲れ! 今日は一段と酷いな」
類が酔うと泣き上戸になると知ったのは、二十歳を超えて初めて酒を飲んだ時だ。お互いに自分の限界が分からず、気付いたら司にくっつきながら類は泣いていた。
それから、こうならないように類本人も飲み過ぎないようにしていたのだが、今日は鼻を啜りながら涙を零している。
「神代、天馬が来たぞ」
「つかさくん?」
クラスメイトの声に反応して、類が顔を上げた。
「類、大丈夫か」
聞き慣れた声を認識したのか、類は司をぎゅっと抱きしめて泣き続ける。
「何かあったのか」
「天馬君、ごめん。私が彼氏と別れた話をしたからかもしれない」
「なるほど」
申し訳なさそうにしている彼女の言葉に、これだけ一緒に居るが、類には不安な部分があるという事を司は理解した。
「連れて帰るか」
「よろしくな」
「これ」
司は財布から万札を取り出すと、幹事と思われる同級生に渡した。
「多い」
「二次会の足しにしてくれ」
お釣りを出そうとしてきたのをやんわりと断り、司は類にコートを着せ荷物を持って店を出る。
本来ならタクシーを使ったほうが早く帰れるが、司は類と歩いて帰る事を選んだ。
「つかさくん、つかさくん」
「どうしたんだ」
成人男性がべそべそに泣いている成人男性の手を引きながら歩くという、異様な光景ではあるが午後九時を回った時間帯と飲み屋が多い場所という事もあり、すれ違う人達で気に留める者はいない。
「ぼくは、つかさくんのことすきだよ」
「オレも類の事が好きだぞ!」
繋いだ手に力が込められ、司も握り返す。
「わかれたくないよ……」
「別れないぞ」
やっぱりと司は内心でため息をつく。類は彼女の話を自分に置き換えてしまったらしい。周りのざわめきとは反対に、二人の間には沈黙が落ちる。
「本当に?」
司とて、愛想を尽かされて別れ話を切り出されるかもしれないと不安に思う事もある。しかし、自分を見てくる類の目が含む熱と愛のある言葉を毎日のように浴びれば、そんな日が来るのは杞憂なのだと実感していた。
「類こそ、オレと別れたくなる日が来るんじゃないか」
だが、司は少しだけ意地悪をしてみたくなった。
酔っている類はもっと泣いてしまうだろうかと考えて、司が後ろを振り向くと予想外の姿に目を奪われる。
「無いよ。絶対にありえない」
類の目に涙はなく、真剣な顔で司を見ていた。
「そうか」
「そうだよ」
酔いが醒めた類が、司の手を引っ張って歩き出す。
「指輪でも用意するか?」
「それは僕からするから待っていて」
「楽しみにしてるぞ!」
司が背中にぶつかるようにして抱き付くと、類はそれを嬉しそうに受け止めた。