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    ちよ🐤

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    銀高が祝言をあげる話です。

    ※704訓後の話であの赤子のケツが高杉だった場合の話になります。

    #銀高
    silverGlance

    玄関でスタンバってました ぼやけた視界に写るのは瓦礫となり果てた残骸と膝の上にて横たわる至極色。相変わらず派手なものが好きな幼馴染がそっと目を閉じていく姿だった。「もう――」亡骸を腕に抱きなら誓う。何度も、何度も。次第に冷たくなっていく体温を少しでも戻すべく着物を撫で摩擦を起こすが、結局は体温の低下を止めることはできず、最期はとん、とん、とまるで寝かしつける母親のように動かした。
    「っ、」
     微睡む視界が一気に明るくなり、ちりちりと双眸を刺激する。夢、か……と気づいた時には既に遅く、はく、と沢山の酸素を吸い込んでしまったせいか軽く咽せながら、天井を見据えた。「……ざまァねえな」拍子に目尻から流れる雫に苦笑しながらも、隣へと腕を伸ばして暖を求める。しかし、左手に触れたものは求めていた体温ではなく、人のいなくなった敷布団のうんざりするほどの冷たさだった。
    「高杉……?」
     共に寝ていたはずだ。一応敷かれている二組の布団の片側に収まろうとした、銀時よりも華奢な体を無理やり抱き寄せてひとつの布団に収まった。120×190の敷布団を男二人で共有するには随分と窮屈で、しかしその狭さに僥倖を感じながら眠りについたはず。しかし今、その場所はもぬけの殻となり、隣の布団は崩れてすらいない。
     銀時はぎょっと目を剥くと、掛け布団を蹴り上げる勢いで上半身を起こした。銀時が脱ぎ捨てた下着が足の親指を掠るが、あいつのもはない。

     霜の降るほどの寒い夜だった。床に転がっている寝間着の甚平と羽織を引っ張り上げると、背中を丸めて襖を開ける。冷蔵庫の稼働する音、氷が作られる音、糖分と書かれた掛け軸の下窓から差し込む月明かりに照らされた宙に舞う埃。定春がすうすうと寝息を立てながら体を丸めている。いつもと同じ光景だった。
    「どこいった……」
     家中を探している間に、ぺたぺたと床を歩く足の底が段々と冷えていく。体の芯から冷えていく、身を切り裂くような寒さがあの日から苦手で仕方がない。
     厠を覗き、台所を覗き、定春の後ろも覗いてみる。しかし、その体はどこにも見当たらず胸がぎゅうっと締め付けられた。「もう死なせない――」そう、誓ったはずなのに。俺はまた同じ過ちを繰り返すのか。痛む頭に眉を寄せて体を丸めた。ツン、と痛む鼻と双眸から溢れる雫を止めることはできず、上腕二頭筋で乱雑に拭う。「たかすぎぃ……」涙と共に溢れた声を押し殺していた刹那、カンっと金属が木を叩く音が聴こえた。昔と、そしてここに来てからは聴き慣れた音だった。

     銀時はハッとし鎌首を擡げながら玄関を見据えた。どうして気づかなかったのか、と内省しつつも羽織の襟元をきゅっと握り立ち上がる。足取りは先程よりも軽く、念入りにもう一度涙を拭って草履に足を引っ掛けた。気づいてみれば、あいつの草履もなくなっていた。
    「そこでなにしてんだよ……うっ、寒……」
    「晴れて月が見えたもんでなァ。この時間の江戸は静かで良い」
     引き戸を引いた先、案の定高杉はそこにいた。はあ、と吐き出した息は安堵と寒気が混じり酷く重たく白い。「月見るなら家の中で見ればいいだろ」勝手にいなくなるな、という意味を込めていることを高杉は気づいているのだろうか、薄く笑うだけで反応はない。どうしたものかね。と頭を二度掻いたところで、「これ、」と煙管で手すりを叩いた。灰がひらりと落ちて行く。
    「ここはガキ共がいるからな。中で吸うのはあまりよくねェだろ?」
    「てめーも半年前まではそのガキサイズだったってこと忘れてる?」
     アルタナの力をもって復活した者の成長度は舌を巻くものだと、銀時はよく知っている。高杉自身も、幾月前までは齢十を超えたくらいだったのに、今ではすっかりと成人相応の年齢へと成長していた。どうやら前回亡くなってしまった時の年齢になれば目まぐるしいほどの急速な成長が止まり、他の者たちと同様に年月を重ねていく――というのは、武市変平太と来島また子がアルタナを良く知るという惑星の天人から聞いた話で、とくに高杉は元は人間であったために虚が繰り返してきた悲劇である不老不死とはまた勝手が違うのだという。要はこの生涯が終われば後は無い。

     煙管を咥え煙を肺に取り込み、ふうっと月へと吐き出す高杉は酷く妖艶で、月の使者が輝夜姫と間違えて攫ってしまわないかと危惧する。ただ、もう月だろうが世界だろうが悲劇だろうがにくれてやるつもりは毛頭ない。

     冬特有の寒気が草履を履いただけの素足に触れ、ぶるりと体を揺らした。たしかに月は綺麗だが、先程まで霜が降っていた江戸の夜明けは酷く寒い。高杉の後ろへと回り込むとそのままぎゅうっと抱きしめた。男用の羽織に二人で収まるというのは、聊か窮屈ではあるが、その窮屈さがやはり愛おしい。
    「って、すげえ冷てえし……」
     いつからここにいたのだろうか。敷布団がすっかりと温度を無くしてしまう程だから相当前からか。銀時よりもよっぽど寒い格好をしていることも相俟って、高杉の体は酷く冷えていた。腕も、項も、御髪も。
     それがあの日を思い出させる。腕の中で冷たくなっていく高杉が頭を駆け巡った。
    「っ、」
    「……銀時?」
     酷く恐ろしかった。ぎゅうっと抱きしめて、肩に顔を埋めて、鼻先を首の脈に当てて。あぁ生きてる、って実感して。それでも離れていかないように腕の力を強めた。まるで子供が親に縋るような行為に、はてさてガキだったのはどちらだろうと苦笑する。ただ、銀時がこうなってしまった原因は自分にもあることをよく分かっていたので、肩に埋まる頭に頭を預けた。
    「おめェさんがそうなっちまったのも俺のせいらしいなァ」
    「……そう思うんだったら温かい格好してください。あと勝手にいなくなるな。お前があいつらに気使ってくれるのはありがてえけど、だったら俺も着いていくからひとりでここで吸うな」
    「てめェは相変わらず昔から願望が多い」
     言葉こそ少々棘があるような窘めるものであっても、これがお互いを想ってのことだということを最近気づいた。お互いに。
    「銀時ィ。戻んぞ」
    「おう」
    「だから一回離せ」
    「無理」
     月見をしながら一服をしていたのは自分だとは言え、やはり少々寒い。やっと室内へと踵を返そうと足を動かしたが抱きしめている銀時はそのまま高杉を羽織に収めて足を進めようとした。歩きづらいことこの上ない。そもそも一着の羽織の中にふたりで収まっていること自体が異質である。
     どうやらそれほどまでに銀時を不安にさせてしまったらしい。一服したら戻る予定だったし、ここから出て行く予定もないのだから心配なんて真似はしなくても良いのに、と呆れるも多少の申し訳なさはある。自分は随分と銀時に甘くなったようだ。どうすれば銀時の傷は癒える。2度3度思案し、そしてたどり着いたものは一つだった。
    「銀時、祝言挙げるぞ」
    「は、はい?」
    「俺ァ、神なんざ信じねェ。だから、てめェに誓ってやるよ」
    ――坂田銀時から離れねェって。

     突然のことに唖然とし、次第に頬を真っ赤に染める銀時に高杉は喉で笑った。

     その日の夕食。新八が赤飯を炊いてきたことと、神楽に「高杉のタバコは銀ちゃんの足の5000倍いい匂いがするネ。だから家の中で吸うヨロシ」と声を掛けられ二人で笑ってしまった。閑話休題。









              **

     祝言を挙げると宣言した高杉だが、銀時としては不思議でならなかった。
     祝言と云えば主に人前式と呼ばれるように親族の前でお披露目をする婚礼の一種で、万事屋の仕事として何度か携わったことがあるし、来賓としてであれば例えば真選組局長近藤勲とバブルス王女の式に参加したことがある。高杉を嫁に欲しいとは何度も願ったし、彼から誘ってくれるのならば願ってもいない僥倖である。しかし、真選組や信女や松平公の協力もあって書類上では高杉は死んだことになっているが、江戸と宇宙中に顔写真がばらまかれた男ゆえに、堂々とした祝言を挙げるのはどうにも厳しい。なにより、高杉は長州萩城下にある講武館を勝手に辞め勘当される寸前に家を飛び出した男。銀時も物ごごろついた頃から親はおらず、育ての親ももういない。呼べる親族なんてお互いにいないはずだ。
    「誰のこと呼ぶんだよ……俺たちに親族なんか……」
    「いんだろうが」
    「へ?」
    「そっちで言えば神楽や小僧や定春や下のバアさんどもかァ? こっちで言えばまた子や武市……あとは万斉や岡田とかもだな……。あとは辰馬やヅラになるか……。まあこいつらの場合は仲人になっちまうが……仲人で言えば先生の方が相応しいかもしれねェなァ……」
    「ちょっとタンマ……すんません、タイムお願いします……」
     思いもよらない人選に、銀時は目頭が熱くなるのを感じ立てた膝に顔を埋めた。高杉はその間も、三味線を奏でていた手を止め、指折りで数えていく。岡田や河上など、すでにこの世を去ってしまった者の名前まで出るものだから、まさかハネムーンは地獄を巡りましょうだなんて言いだすのではないかと身構えたが、それはそれで楽しそうだ。その三味線を乗せている太腿に頭を埋めてしまいたい。
    「じゃあ俺達はあいつらの前で愛を誓うの? そっちのパツ金姉ちゃんに殺されそうだしヅラや辰馬にすげえ笑われそう……。ビデオ撮られて末代まで見せられそう……」
    「銀時ィ。てめェは本当になんにも知らねェんだな」
     口調は穏やかであるが、笑声混じりな揶揄に「なにが!?」と身を乗り出す。
    「こちとら結婚式と言えばバナナとゴリラに囲まれ、初めての共同作業はベッドインみたいな世界を渡り歩いてきたんだぞ!? んな、ボンボン共の結婚式知るか!」
    「ボンボンじゃねえしそれは関係ねェよ。呼び方の問題だ。あいつらを呼ぶのは祝言で、誓い合うのは夫婦ふたりきりの時らしいぜ? よく嫁入りとか言うだろ」
     諸説あるが、道具入れ、嫁入り、祝言を合わせたものを婚礼の儀礼と呼ぶ。まずは花嫁道具を新郎家に運び、翌日に花嫁が新郎家へと住居を移し、最後に親族を呼び両家共々お披露目をするという数日間行われる催しが一般的である。高杉の場合はすでに万事屋に住んでいるため、道具入れと嫁入りは済んでいるようなものなのだが、三つの流れが一種の様式美であるというだけのことであって、強制力はなにもない。
     次から次へと出てくる新鮮な言葉に、ぽかーんと唖然としている銀時だったが、新たなる疑問が浮かんだ。高杉が意外にも婚礼に詳しい。てっきり生家高杉家の教育方針に組み込まれていたのかと思ったが、〝らしいぜ?〟という言葉が少しだけ引っかかった。
    「へえ……つーか調べたの!?」
    「是駆使医読んだ」
    「高杉ぃ……!!」
     胸の奥底から込み上げてくる愛おしさに、高杉の隣へと移動をするとぎゅうっと抱きしめる。わざわざ三味線を置いてくれるところを見ると、銀時の熱い抱擁を受け止めてくれるらしい。
    「誓いなんざてめェが聞いていればそれでいい」
    「今日デレ杉くんなの!? 銀さんのライフはゼロです!」
    「やめるか?」
    「すんませんでした!」
     他人の体温が冷たくなっていく恐怖は、高杉も分かっていた。辛いのは残された者たちだということもよく分かっていた。歴戦を駆け抜け師を切り自分とも殺し合いをしてきた白夜叉だなんて大層なもので呼ばれている銀時が、その飄々とした面の裏で色々なものを抱えていることもあの日やっと気づいた。
     寒さや体温の低下が苦手になってしまった銀時の変化を治す方法は分からないが、もし誓いを立てて少しでも――と柄にもないことを願う。銀時の寿命が朽ちるまでずっと隣にいる。高杉なりのけじめであり誓いである。










              **

     先日名前が上った者を呼ぶ祝言の日取りは明後日である。その前に新郎――銀時の家で嫁入りを行うことになった。気を使ってか、新八は神楽と定春を連れて実家へと帰り、賑やかな万事屋も今は閑静な空間を纏っていた。

     本来道具入れと嫁入りと呼ばれる催しには、婚礼家具といった桐箪笥や布団などを用意することが多い。しかし高杉が坂田家を嫁ぐにあたって用意できるものと言えば、万事屋が滞納している家賃を払うか着物といったところか。しかし、それは鬼兵隊だったときならばできたかもしれないが、今では万事屋に身を置いている立場故に同様お金がない。そういう銀時も、本来であれば新郎は花嫁に結納時に金一封を渡すことが一般的だが、勿論金なんてものは無かった。体で支払うと言えば高杉に蹴られた。
     ならば金のかからないものにしようと決まり、花嫁道具として高杉は煙管を、銀時はパフェをそれぞれ一口あげるというものだった。
    「てっきりウェディングドレスでも着てくれんだと思った……白無垢でも可!」
    「着ねェよ、アホか」
     お互いにいつも通りのお召し物を纏い、ソファーに並んで座る。テーブルには煙を纏う煙管と馴染みの店で貰ったパフェがひとつ、まずはいつも通り、銀時はパフェを一口、高杉は煙管を咥え肺に煙を入れる。うん、いつも通り美味しい。それぞれがパフェを咀嚼し煙を吐き出したあとは、容器と煙管を隣に渡した。
     いよいよ、坂田家流の儀式が始まる。銀時は煙管を咥え、高杉はパフェを小ぶりのスプーンで掬い一口咥え舌で味わった。

    そして二人揃って咽た。
    「苦ッ! 煙たっ! お前よくこんなの吸えんね!? ヤクルコにしてもらえばよかった……」
    「銀時てめェよくこんなん食えるな……甘ェ……」
     びりびりと舌が痺れる感覚。銀時の口の中は苦味が浸潤するし、高杉の口の中はあま過ぎる程のクリームの名残が舌を占領していた。慣れないことはするものではない。顔を顰めゲホゲホとせき込む自身の体を宥めげんなりするが、儀式はまだ終わっていない。むしろこれからが本番だ。煙管とスプーンを置きどちらともなく手を重ね合った。昔ならば考えられなかった光景、けれどもずっと願っていた情景がそこにある。
    「高杉。掃除も洗濯も料理もなにもしなくていいから、その代わりずっと俺の隣にいてほしい」
    「あぁ。誓ってやらァ」
     どちらともなく触れ合った唇からはお互いの好きな味が香る。やっぱり俺たちはこれがいい。

     
    『坂本と一緒に玄関でスタンバってました』という手紙がポストの中に入っていたことに気付くのは朝の話。











              **

     十畳一間の和室には幾人の声が響いている。神楽と言い合いをしながら手拭いを目元に当てているまた子と二年後の神楽に涙を流し感動している武市の間には二枚の座布団と二つの写真が置かれている。一方対面して、まるで殺し屋のような装いでまた子に舌を見せている神楽と、出された食事をタッパーに入れる新八、黙って煙草を吸っているお登勢、早業でご飯を食べているキャサリンが座っている。入り口近くの下座では、風邪を引いたらしい坂本と桂がマスクを装着しながら座り、間には一枚の座布団と一枚の写真が置かれていた。
     どうやらエリザベスと定春は殴り合いの喧嘩をしているようだが、誰も止める気配はない。
    「万事屋家、鬼兵隊家の両家の皆様大変お待たせいたしました。新郎新婦の御入場です」
     たまとたま子の声を合図に開かれた襖と、続いたまた子の絶叫と神楽の笑い声は、外で護衛を担ってくれている真選組の耳にも入っていった。

    「なんで二人とも袴アルか!?」
    「きゃー! 晋助様素敵っス!」




    【後編】



     坂田家流の婚礼の儀礼において道具入れと嫁入りを済ませた二人は今日、祝言を迎えている。

     本来であれば新郎となる者の家で済ませるのが一般的ではあるが、広さの問題から万事屋銀ちゃんの敷地内では厳しく、柳生家が贔屓する料亭の座敷を一室急遽用意してもらうことになった。木々と竹の良い香りが鼻孔を擽る空間の、床の間にはいったい誰がいつのまに用意したのか『糖分』と縦に書かれた掛け軸が垂れている。先刻、下見で訪れた時、風情もあったもんじゃねェ――と高杉が苦笑するほどの異質具合であるが、坂田家流の祝言では代々糖分と書かれた掛け軸を使っていると言い切られてしまえば納得せざるを得ない。
     白く佇む襖に描かれているのは、きっと有名な絵師が描いた壁描画なのだろう。庭に見えるものと同じ、二本松が優雅に描かれていた。勿論これは料亭のものである。

     たまとたま子がその襖を開ければ、袴を纏った銀時と高杉が敷居を跨いだ。特に気にせず敷居を踏む銀時とに打って変わって踏まないように歩く高杉の姿に、また子がときめいたのは言うまでもない。
    「なんで二人とも袴アルか!?」
     そう、声を上げたのは神楽である。この場を戦場或いはやくざ者の集いと勘違いしているのか、真っ白い洋装――いわゆるスーツに身を包みいつも横に結っている髪は前髪を含めてすべて後ろで纏められているという不可思議な格好をしている。
    「てっきり銀ちゃんか高杉がドレス着ると思ってたから拍子抜けネ……なんだよその格好はァ! やる気あるのかおめえらァ!」
    「なんで俺もドレスなんだよ! つーかてめーに格好云々は言われたくねえよ。なんで中国マフィアみたいな格好してんだよ。ここでお国柄アピールしなくていいから」
    「マミーが言ってたヨ。結婚は戦場に身を置くようなものだって」
     新郎新婦の入場早々身を乗り出した神楽と銀時の言い合いが始まるが、すでに見慣れている高杉は特に気にすることなく上座にて用意されていた座布団へと腰を下ろした。ゆっくりと膝を折り胡座をかく姿は相変わらず綺麗な佇まいである。これが我らの高杉晋助様だというように、また子が笑みを深くした。
    「ちょっと銀さん、神楽ちゃん! いい加減にしてください! 鬼兵隊のおふたりがドヤ顔してこっち見てきますよ!」
    「シミ付きまた子に負けんなぱっつぁん!」
    「いや、神楽ちゃんもスーツにがっつり醤油のシミついてるから」
     と、宥める新八のおかげでようやく銀時も座布団に座り胡坐をかいた。ごほん、と咳ばらいをひとつ落として予め用意されていた盃を手に持つ。銀時の動きに合わせて、高杉も両手で掬うように持ち上げた。
    「まあ、なんだ? 坂田家流の祝言に堅っ苦しいのは無しだ。しかも今回の全費用と三ヶ月分の家賃は辰馬が持ってくれるらしい。つーことでいつも通り乾杯と行こうや」
    『ちっくと待て。費用持つのは構わんけど家賃は聞いちょらんぞ!』
    「はいカンパーイ!」
    『金時ぃぃぃぃ!!』
     声が出ない代わりにプラカードで必死に訴えるが届くことはなく、銀時の音頭に皆それぞれ飲み物を持つと天に向けて掲げた。
     今回銀時と高杉に用意された酒は、坂本がかの惑星から仕入れてきた『夫殺し』という代物だ。名前こそ物騒であるものの、祝言や結納時に夫婦そろって飲めば、夫を骨抜きにできると言い伝えられている列記とした美酒である。
     飲み方ひとつにも意味があり、冠婚葬祭の婚――いわゆるおめでたい日に飲むときは『冷めてしまわないように』或いは『夫婦の縁がいつまでも厚く(熱く)ありますように』と、徳利を沸騰した鍋に浸して熱燗として飲む。また、冠婚葬祭の葬――いわゆる葬儀等で飲むときは『(目を)さましてほしい』という意味を込めて冷やして飲む習わしもあるのだとか。

     銀時と高杉に用意されたそれも勿論うんと熱く準備されたもので、胃へと流し込んだ二人の喉をちくちくと刺激する。舌を滑る僅かな甘さと遅れてやってくる苦み。喉を焼き、がつん、と胃を刺激する、これほど度数の高い酒は久方ぶりな気がして、二人揃って苦々しい笑みを浮かべる。こいつは酒強えし大丈夫だろうけど俺酔っぱらって意識なくなるんじゃね?――という懸念を銀時は抱きながら再度口をつけた。

     先程銀時はあのような挨拶をしたが、そもそも本日集まる者たちは皆根本的に騒々しい。とくに坂本が用意した酒や、柳生家が贔屓する料亭の味は絶品なもので、開催の儀を行ったばかりだというのにすっかりと食事に夢中だった。写真立ての中で参加しているそれぞれの〝親族〟に酒を注ぐと、例えば新八は相変わらずタッパーに食事を詰めているし、神楽とキャサリンは一週間分の食事を済ませてやると云った具合に胃へと落としている。また子は余興のために用意した出し物の脳内練習をしているし、武市は初めて会った時よりも善く成長している神楽を眺めている。あとは、また子から実は河上があの寺門通のプロデューサーをしていたことを聞き仰天したりだなんて絡みもあった。
     桂と坂本は、プラカードで〝ん〟から始まり〝ん〟で終わる縛りのしりとりを始める始末で、皆すでに主役たちには目も向けていない。時折怒号が響いたり徳利が飛び交ったりとある種の地獄絵図でもあるが、その騒々しさが心地よかった。
    「高杉」
    「あ?」
    「それ貸せ」
     ちょうど開いた盃を見計らい、銀時は高杉の盃へと腕を伸ばし酒を注ぐ。意図が分かったのか高杉も徳利を受け取り、銀時の盃へと注いだ。そしてふたりが見据えるのは、下座側に鎮座する桂と坂本の間にある一枚の写真立てとふたつの酒。写真立てに映るは三人の悪ガキとひとりの師。目尻を細め穏やかにほほ笑む師へと盃を掲げた。

     庭に佇む松の木が穏やかに揺れる。幸せになってくださいね。そう、聞こえたような気がした。












              **

     余興で言えば、また子による弾丸で旗を打ち抜くという流鏑馬から派生した催しものや、新八がひたすら歌うというのど自慢大会、神楽とキャサリンによる炭酸早飲み対決、桂とエリザベスによる漫才など。そして最後に坂本の案で、銀時と高杉による剣舞が披露された。しかし、手合わせや剣舞というには荒々しく最終的には斬り合いの喧嘩に発展したのは言うまでもない。

     幾つかの物が壊れたりということもあったが、祝言は無事に幕を閉じた。
    「あんなに酒飲んだのまじで久しぶりかもしれねえ……」
    「厠行ってこい」
    「さっき散々出してきたわ。これ以上出したら俺の内臓全部なくなる」
     ぐったりと項垂れる銀時は立膝をする高杉の太腿に頭を埋めてガンガンと痛む頭に歯を食いしばっていた。昼間の喧騒がまるで幻かと思えるほどの穏やかな夜だ。家電製品の音と外を酔っ払いが歌いながら歩く音、高杉が吸う煙管の音。まるで心象世界を描いた空間は心地が良く、だからこそ少しだけ恐ろしい。住み慣れた家だというのに、今は目の前に高杉がいてくれるのに。
     痛む頭を宥めるように撫でてくれている高杉の手を捕まえて、そのまま頬に摺り寄せた。そして、一度素足同士を擦り合わせ摩擦で暖を取る。しかし如何せんながら、足はすっかりと冷えており一向に温かくならなかった。
     あの日から、銀時は寒いのが苦手である。
    「なァ、銀時」
    「ん?」
     御髪の至極色よりも若干明るいが離れていた頃よりは落ち着いた紫紺の着物に鼻先を埋めて、高杉の太腿の弾力や骨付きを堪能する銀時には、名前を呼んだ高杉の表情は見えない。高杉が少し苦し気に、けれども穏やかな双眸を向けていることに気付かない。
    「ちったァあの酒飲んでてめェの体が温まるかと思ったがそういうわけではないみてェだな」
    「っ、……なんのことだよ……」
    「てめェは勘違いしてる」
    「……なにが」
     脈略もない突然の言葉にいよいよ銀時は高杉へと視線を向け、そしてぎょっと目を剥いた。このような表情をしている高杉に一体なにを言われるのやら、肝が冷える思いだ。怒っているでも睨んでいるわけでも呆れているわけでも笑っているわけでも泣いているわけでもない。否――怒っているようにも見えるし睨んでいるようにも見えるし呆れているようにも見えるし笑っているようにも泣いているように見える。例えるならば、あの日冷たくなっていく高杉の表情に酷く似ていて、ぎゅっと心臓が締め付けられた。
    「俺ァ、あの人を奪った世界をぶっ壊すためならばどこで死のうが構わねェと思っていた」
    「高杉……? 何言って……」
    「だが、一度死んでから分かったよ。最期に先生に会っておめェさんに看取られてっつー死に方をした俺は幸せもんってやつだってな」
     決して声が大きいわけではない。声を張っているわけではない。けれど、銀時の体内に浸潤し体に熱を持たせるには十分すぎるほど。うまく声が出ず、ただただ高杉の言葉に耳を傾けることしかできなかった。
    「ずっと追いかけてきた背中だ。ずっと並びたかった背中でもあり追い越したかった背中でもある。皮肉なもんだろ? 役人も幕府も天人も人間もぶっ殺してきた俺が……部下の屍を踏み台にしちまった俺が……最期はてめェの幸せ感じて死ぬなんざ、無様なもんさ」
    「……、」
    「それでもたしかに、あの日最期に目に映したものが好きな奴の下手くそな笑顔で幸せだった。だからおめェさんが背負う必要はねえよ、銀時」
    「っ、」
    「もう苦しむのはやめろ。あの日言っただろ、これ以上苦しみをお前に背負わせたくねえって」
     鼻がつんと痛み、次第に目元が重くなっていく。あの日のように、瞼と口許に力を入れて笑って見せようと試みるが、今回ばかりはどうやら難しいらしい。銀時の抵抗も空しく目尻からは幾つかの雫が零れていった。それを拭う高杉の指はとても温かい。もう一度手の甲を握って頬に押し付ける。こうなれば嗚咽も涙も止まらない。

     銀時を見守るその顔も、いつもの妖美なものではなく随分と下手くそな笑顔だった。


    高杉の左手の薬指を口に含み、ガリッと思い切り噛み砕く。下手くそな笑顔が歪み痛みからか小さく喘ぐ姿は愛らしい。
    関節に沿って丸くついた歯型に満足そうに笑みを浮かべようものならば、足を動かされ頭が床へと突き落とされる。悪酔いと泣き疲れと物理的な痛みとが犇めき合い、ぐぅと一度唸るが不思議と直ぐに痛みは消えた。銀時の頭から解放され立ち上がろうとする体をそのまま押し倒し、火照った体を押し付ける。


    玄関の郵便受けになにかが投函される音が響くが、残念ながらふたりには聞こえていない。
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