「よしっ、完璧!」
ニーゴでの作業が順調で、小休憩として、最近ハマった漫画を読んでいたら、私も描きたくなってしまった。男女での構図、男男の構図、女女の構図は何度か描いたことはある。あるけども、それではない。描きたくなったのは違うもの。それをなんていうかも最近知ったわけではない。本屋に行けば、普通にある。私が触れてなかっただけ。間違えて触れたことはあっても、そっと見なかったことにして、棚に戻してたり、SNSだって、同じように見なかったふりをした。
「あ〜、いや、これはあいつに…じゃなかった。モデルがあいつなだけ。でも、もうちょっと筋肉あったはず…描き直そう」
完璧とは言ったが、過去に筋肉を見せつけてきたあいつの二の腕を触ったことがある。スポーツやってたのもあるし、筋肉は普通よりちょっとはあった。今は意識して触ってはないから分からないけども。小休憩だけど、やっぱり自分が満足するまでのものを仕上げたい。出来たものは見つからないように、保管しとこう。特に見られてはいけないのが、あいつ。なんだかんだ私の絵だというの分かるみたいだから。
あぁ、念の為に、絵が中に折り畳まれるようにして折っておこう。
「…?」
廊下に落ちてある一枚の紙。オレと同じように生徒が歩いてるのに、拾い上げられないから、代わりに拾い上げる。美術室前だから、授業で描いていたものを折りたたんでいたのだろうか。誰か美術の授業が終わり、教室に持って行くのを忘れたのだろうか。名前を確認するために、絵も見てしまうが、許して欲しいと折り畳まれた紙を広げる。
「…上手いな」
誰かをモデルに描いたのだろうかというようなイラスト。2人の男が鉛筆で描いたのか、黒一色だが、陰影を大事にしているのか、感嘆してしまうほど、上手い。これは、本人に届けなければならないイラストだ。
「…にしても、距離が近くないか」
ふと、思ってしまった。オレも確かに近いことはあるだろうが、流石に膝の上に乗ったりはしない。描いた本人は、どのような気持ちで描きあげたのだろうか。本当にこのようなモデルがいるのだろうか…。
「職員室の落とし物に置くのも…」
仕方ない、彰人に協力を仰いで一緒に探してもらおう。白石にも頼めたらいいが、この人助けは最小人数がいいだろう。きっと、人脈の良さを生かして他の者に頼みながら、絵を見せて探すだろうから。もしかしたら、写真を撮って、グループラインで呼びかけるかもしれない。
そうと決まれば、昼は先生や生徒たちで人の目があるから、放課後の彰人のいる教室に足を運び、彰人以外誰もいないことを確認してから、一枚の絵のことを話し出した。
「…と、いうわけだが、彰人。探してはくれないだろうか」
「それは、お前の好きな司先輩だってできることだろう」
「あのお方に頼み事をするのはオレには出来ない」
面倒だという顔を見せる彰人は、司先輩を薦めてくる。確かに、快く承諾するに違いない。「いいぞ」と寛大な心で、一緒に探してくれるに違いない。
けれど、今回は出来ない。本来は自分だけで探さなきゃいけない。そして、なんとなくだが、これは、自分の希望的な欲だ。自分に都合のいい展開をオレは望んでいる。
彰人なら、きっとわかってしまうだろうなと思っていたら、彰人は真っ直ぐオレが手に持っている四つに畳まれた紙を見ていた。どうやら、彰人も同じ人物を思い浮かべているようだ。
絵はオレより彰人の方が分かるのが、悔しい。同じ人を好きだとわかってるからこそ。彰人も、オレに対して悔しいと感じてる節は多々あるだろうが。たとえなんか出さなくても、彰人がオレに対して、一番悔しいだろうと分かるのは血縁者ということ。大きい鎖だ。
「…冬弥」
ああ。分かってる。「その紙を寄越せ」と言われなくても、お前に渡すよ。
彰人に紙を渡す。どこか期待をしている彰人に、やはり羨ましく思えてくる。家に帰ったら、渡すのかもしれない。あの人の絵を一番見てきたのは、一番好きだと言えるのはこの人だけなのだから。正直言って、羨ましいどころではなく、妬ましさまで覚える。
ーーオレが拾ったのに。
嫌なことを考えた。協力をしてくれと頼んだのは自分なのだから、汚い感情に気づかないふりをしろ。
「…あいつの絵だ」
ああ。彰人が言うならそうだと改めて確信する。すぐ分かるのが狡い。表情に出すな。相槌を普段通りにするんだ。
「そうか。それなら…」
引き際だ。あの人は絵を落としてしまって焦るのではないだろうか。彰人が彼女に返すべきだ。オレが会うよりは、彰人の方が返すの早いだろう。
絵を見た彰人は顰めっ面をしてから、ため息をついた。何かオレが彰人にしてしまったのか。オレがどの思いを抱いたかなんて、筒抜けなのか。目の前の男は、額に手の甲を当てる。頭が痛いと言っているかのようだ。
「…くそ、」
悪態をつく。眉間に皺が寄っている彰人になんて声をかければいいかわからなくて、黙ってると、
変な方向に俺たちを持っていきたいのかもな」