将棋盤の神様 家の蔵は父の隠れ家であった。
広い敷地の片隅にあるその蔵は、年季の入った見かけの割に中は綺麗で、婿養子であった父が望んだ唯一の我儘でリフォームされていた。例えば目隠しでもされて入れば蔵だとは分からないくらい立派に。水上も小さな頃からそこに入り浸り、父と一緒に将棋を指したものだった。
けれど、それを似た物同士ねと笑う母も、水上に負けて参りましたと悔しがる父も、もういない。交通事故に巻き込まれて亡くなってしまった。水上が大学を機に家を出て就職が決まった報告をしたばかりの出来事であった。
結局、会社へ辞退の旨を伝えて実家へ戻ってきた。両親の遺した遺産はしばらく生活することに困らないほどで、ありがたくそれを使いながら過ごしたいと思っていた。祖父母は水上が小さな頃には既に鬼籍に入っていたし、もう恩を返したい親はいない。必要最低限の生活ができれば、それでよかった。
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