お前らのとこのDJだろ、なんとかしろよ この日はガールズバンドパーティが主催する、大規模なライブの打ち上げだった。成人した今でも、こうしてみんなとバンド活動を続けていられるのは有難いし嬉しい。……表で言うことは、恥ずかしいからなかなか無いけど。
弦巻さんの敷地内に何故か建っている居酒屋で行われる打ち上げには、総勢30名超が集結していた。
「有咲〜! 次何飲む〜?」
隣に座る程よくほろ酔いの香澄に、ウーロン茶を頼んでおく。彼女は悪酔いすると非常に面倒なので見張っておきたいところだが、今回は中心になってみんなを引っ張ってくれたので、今日くらいは大目に見てあげたい。
それよりも、そう。もっと面倒見なくちゃいけない相手が私の隣に居るのだ。
「えへへへ、いちがゃさーーん!! これおかわり〜〜!!」
香澄とは逆隣から引っ付いてくるふやけきったご機嫌なにこにこ笑顔。耳元で放たれるクソデカボイス。
……誰だ奥沢さんに酒飲ませたヤツーーーー!!
「奥沢さん、飲み過ぎ。もうやめとけ」
「えー! なんれ! まだちょっとしか飲んでないのに! 戸山さんはいいのにずるい!!」
「香澄とは酒の強さが違うだろーがよ! お前今一杯でべろべろだぞ!?」
ていうか耳元で叫ぶなうるせー!
この緊急事態なのに、一体他のハロハピメンバーは何処に行ってしまったんだ。先輩が居るのも承知で言うがお前らのバンドメンバーだぞ。
「あちゃー、大分酔ってるね。大丈夫、美咲?」
困ったような表情でやって来たのは沙綾だ。お水持って来たよ、と水のグラスを差し出してくれる。
奥沢さんが引っ付いてるせいで身動きが取れなかった今、正直沙綾のこの気遣いは有難い。
「……水やだ。これおかわりする!」
しかしそんな沙綾の気遣いに、奥沢さんは駄々っ子の如く首を振るのである。
面倒くせえ〜〜〜〜。
「何言ってんだよ、それ以上飲むとお前がしんどいんだぞ! また翌朝二日酔いの中私に電話で謝罪してくることになるぞ!!」
「いーーーやーーーだーーー!」
「子供かお前は! いいから飲んどけ!」
「あー、ほら有咲、そんな怖い言い方したらダメだよ」
しがみついてくる彼女を押し退けようと奮闘してたところを、沙綾に咎められる。
沙綾は美咲の隣に座ると、優しく頭を撫で始める。慈愛を含んだ、完全に姉の顔をしていた。……おかしいな、撫でられてる方も姉の筈なんだけどな。
「美咲、いい子だからお水飲もうか。ちょっとだけ」
沙綾が水のグラスを奥沢さんの口元へ持って行って傾ければ、控えめに水を飲み出す。素直か。やっぱりこの奥沢さんには慣れない。いや間違えた。慣れたくはない。
「うんうん、ちゃんと飲めたね。えらいよ美咲」
「……へへ、」
頭を撫でられた奥沢さんが、すこぶる嬉しそうにへにゃりと笑う。
そんな光景を見て黙ってないのがうちのボーカルなもんで。
「わ、美咲ちゃん今日すっごい可愛いね! 抱きついていい〜?」
へらへら笑いながら席を移動して、後ろから奥沢さんに抱き着く。私はこれ幸いとばかりに、引っ付いている奥沢さんを引っぺがして香澄に明け渡した。香澄からは抱き締められ、沙綾には頭を撫でられて奥沢さんはへらへらとご満悦だ。誰だよ。早く帰ってこーい。
「うわ、これ美咲? 出来上がってるねえ」
「大丈夫ですか……?」
様子を見て心配そうにやって来てくれたのはリサさんと紗夜先輩だ。
奥沢さんの真っ赤な顔を覗き込んだリサさんは苦笑いで軽くその頭を撫でた。とろん、と彼女の目が気持ち良さげに細められる。
「んー、眠そうだね……。美咲、少し寝ちゃったら?」
「まだお開きまでは時間がありますしね。私も今井さんの言うように、少し休むべきと思います」
先輩二人に心配してもらっているのに、コイツときたらまだ首を振って駄々を捏ねている。いい加減にしろよなマジで。
「やだ。ねない。ねむくないもん」
「はいはい。おいで美咲ー」
舌ったらずの反抗を笑顔で躱しながら、香澄に引っ付いていた身体を抱き起こしてそのまま頭を膝へ。所謂膝枕というものだ。リサさんは膝枕をして頭も撫でてくれ、更に紗夜先輩は自分の上着を身体にかけてくれ、至れり尽くせりだ。
あっという間に奥沢さんの目が閉じられて、程なくして寝息が聞こえる。
「……寝ちゃったね……」
覗き込む香澄の横で、なんかすみません、と先輩二人に頭を下げる。いやいやいや待って。なんで私が謝ってるんだ。コイツの保護者なのか私は。違うだろ。コイツの保護者は———、
「あれっ、みーくん!?」
来た。
寧ろ今まで何処に居たのか。他のハロハピメンバーが揃ってお出ましだ。リサさんの膝で気持ち良さげに眠るバンドメンバーを見下ろしていた。
びっくりして名前を呼ぶ北沢さんの後ろから、弦巻さんがまんまるの目に奥沢さんを映す。
「美咲は寝てしまったの?」
「……そう。酒飲んだみたいでさ、めっちゃ酔ってたぞ……って、何してんだよ!?」
説明している最中に、弦巻さんが奥沢さんを抱き起こす。ちょ、お前、今寝たところなのに。いや今寝たところなのにってなんだよ。私はコイツのお母さんか。
「……ん、こころ?」
「おはよう、美咲! 寝るならあっちに部屋を用意したからそこで休むといいわ!」
「……ねないよ」
目をこしこし擦って船を漕ぎながら、また同じ台詞を口にする。そのやりとりの間に身体に掛けられていた紗夜先輩の上着が、花音先輩によって綺麗に畳まれて返却された。
代わりと言わんばかりに、花音先輩が自分の上着を脱いで、奥沢さんの肩に掛ける。
「一緒に居れなくてごめんね、美咲ちゃん。今からは傍に居るからね」
「行こうか、美咲」
奥沢さんの身体が、薫さんによって子供みたいに抱き上げられる。お姫様抱っこじゃなくて、子供にやるみたいな縦抱きだ。微笑む薫さんの肩に眠たげな顔が埋まった。
「リサちゃん達も有咲ちゃん達も、みんなありがとう! 美咲ちゃんがお世話になりました」
此方にぺこりと頭を下げた花音先輩が、奥沢さんを連れて別室へと消えていく薫さんと弦巻さんを追っていった。
真似をして頭を下げた北沢さんが、何故か最後に不満げな顔をして言い放つ。
「いくらあーちゃんでもね、みーくんはハロハピみんなのものだからね、ダメだよ!」
それだけ言って、背を向けた。
なんだよ、なんだよそれ。なんで私にだけ言うんだ。それじゃあまるで、私が奥沢さんに手を出したみたいだろ!? 私はなんもしてねーよ!!
ていうかお前らが奥沢さんに酒飲ませるの禁止させてたくせに目を離したからこうなってるんだろ!
そんなに過保護になるくらい奥沢さんが大事なら、ちゃんとバンド内で責任持って面倒見ろよな!
完全にとばっちりを受けた私は、これくらい言ってもきっと許される。