Hello, melty Valentine. 「おや、美咲?」
「お、おはようございます……」
二月十四日の朝。ギターケースを提げる薫さんは、家の前で佇んでいたあたしを見て不思議そうに首を傾げた。あたしはぎこちなく挨拶をする。
それもそうだ。今日はハロハピのバレンタインライブがあるので、スタジオに直接集合の筈だ。わざわざ薫さんの家の前で待つ必要なんてない。驚いた顔をされるのも尤もなのである。
「もしかして、迎えに来てくれたのかい?」
「あー……、うん、まあ」
嬉しそうな声音になった薫さんに対して、曖昧な返事。よくよく考えたら、家の前で出待ちって重たくなかったかな。迷惑だったかな。大丈夫だよね。だって一応、付き合ってるわけだし。
そんなことをぐるぐる考えていたら、薫さんがあたしの手を握って歩き出した。咄嗟に、慌ててその手を反対側に引っ張る。
「ま、待って!」
「美咲?」
立ち止まってこっちを振り返る薫さんの手を離して、自分の鞄を探る。中から取り出したのは、紫色の包装紙に青いリボンを添えた小さな長方形の箱。それを薫さんに、半ば押し付けるようにして手渡した。
「美咲、これは……」
「ほら、今日、バレンタインなんで! なんていうか……、」
薫さんが何か言い掛けるのを遮って、畳み掛けるように切り出した。
だってこの後、ハロハピのみんなともチョコを交換するし、ライブの時にはファンの人からたくさんチョコを貰うだろうし。エゴかもしれないし、重たいかもしれない。でもたくさんのチョコにあたしのものが埋もれてしまう前に、一番に渡したかった。
だけどいざ渡すとなると、どうしても照れが先行してしまう。ああもう、我ながら本当に可愛くない性格してる。口を衝いて出るのは、言い訳じみた予防線の言葉ばかり。
「ちょっと失敗して形も崩れちゃったし、市販のものに比べたらそりゃ味は落ちるだろうし、きっともっと美味しく可愛く作る人なんてたくさん居るだろうけど、」
「手作りしてくれたのかい?」
「う、」
しまった、墓穴掘った。ああもう、こんなことなら大人しく市販のものを渡せば良かった。……ううん、“手作りを渡したい”って考えたのは、他でもないあたし自身じゃないか。
ハート型のチョコレートも、愛を伝えるメッセージカードも、あたしの柄じゃないから入っていないけれど。それでも、薫さんのは特別にしたいって、他のハロハピメンバーとは別に作ったんじゃないか。お陰であたしは、ミッシェルからの分も含めて三種類のチョコを作る羽目になった。
「———ありがとう、とても嬉しいよ」
そんな苦労も、薫さんのこの言葉で全部帳消しになってしまう。
薫さんだったら、どんな形で何を手渡そうと喜んでくれるなんて、そんなの分かってたじゃないか。分かりきっていた筈なのに、頰を染めて笑ってくれるのが嬉しくて。単純かもしれないけど、作って良かったって思えてしまって。
「……うん」
そう思っても、素直に声に出して伝えることはあたしにはまだハードルが高いみたい。代わりに今度こそ薫さんの手を握って、行くよって歩き出す。
「待ってくれ、美咲」
「なん……、」
今度はあたしが、その手を引っ張られた。振り返った瞬間、唇に柔らかい感触。一瞬で離れた温もりを追いかけるように視線を上げれば、微笑んだ薫さんのルビーみたいな瞳と目が合った。
やがて何をされたのかじわじわと理解してしまって、顔が熱くなる。薫さんのことを直視できない。
「今日はなんとも、儚くて素敵なバレンタインになったね」
「……まだ、朝ですけど」
満足げな声に、また可愛くない返事をして。それでも手は繋いだまま、二人で並んで歩きだした。