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    快新。MMORPGパロディ。
    過去に途中まで書いたものを大幅リメイク。
    ※元の作品とは所々で設定が異なります。
    ※今後、登場人物も変わります。
    ※6月30日あわせで発行予定(予定は未定)

    #快新
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    MMORPGパロ。進捗②「やあ、おかえり。工藤くん」
     タウンへ戻り、他に行く場所があるという服部とはゲートのある広場で別れた。ひとりで街の中心まで戻ると、先ほどまで一緒にダンジョン攻略をしていた服部とはまた別の、見知った顔――降谷零が新一を出迎えた。
    「降谷さん」
    「いま、時間あるかい?」
     その口ぶりから、ここで彼に出会ったのは偶然ではないのだろうことがうかがえる。新一がフィールドへ出かけていたことを知っていて、タウンへ帰って来るタイミングを見計らって待ち構えていたのだろう。
     それどころか、時間はあるかと尋ねられたものの、この分だと新一がこの後に何の予定もないことすら織り込み済みに違いない。もっとも何も予定がないのはその通りで、だからこそ、断ることができない。
     降谷の誘いにふたつ返事で了承の意を伝えると、自分についてくるよう言って新一に背を向けた。
     先を歩く降谷が向かったのは、ベイカタウンの五番街にある、一軒の休憩処。疲れを癒やすための宿屋と、空腹を満たすための食事処が一体となったその店は、プレイヤーの憩いの場としてひっそりと佇んでいる。
    「降谷さん、ここって……」
     休憩処ポアロ。
     看板メニューのひとつであるカラスミパスタが美味しいと密かな評判で、新一も頻繁にお世話になっている。ちなみに美味しいと評判のその看板メニューは、実際に食べたことがある新一の感想としては、かなり美味しい。とうに昼を過ぎているが、空腹度を示すゲージが警告を示すラインまで食い込んでいる新一としては、降谷の用事とやらのついでに食事も取れるのなら、一石二鳥でちょうど良い。
     ――カラン、カラン。
     ドアベルが軽快な音を鳴らして、店内に来客があったことを伝える。その音に反応して、カウンターからひょこりと店員が顔を出した。
    「いらっしゃいませ――あら、降谷さん。それに、新一くんまで」
     ベルの音に反応してふたりを出迎えたのは、この店の看板娘である榎本梓。
     降谷と新一、ふたりの顔を見た彼女の表情が、店員としてのそれの中に知り合いを迎え入れるための柔らかでリラックスしたものが混じる。
    「梓さん。ご無沙汰してます」
    「ええ、降谷さん。お久しぶりです」
     店内は四人がけのテーブル席が三席とひとり用のカウンター席が五席という、わりとこぢんまりとした作りになっている。
     ピーク時であるランチタイムにはほとんどの席が埋まるほどだが、いまの店内は、ランチタイムはとうに過ぎているからか、ほかに客の姿は見当たらない。
     テーブル席かカウンター席かどちらが良いかと梓に聞かれて、降谷は迷わずテーブル席を選択した。梓の質問に答えてから新一に対しても確認の意で尋ねる。とはいえ決めてしまってから尋ねられたところで、特に理由もなくその決定に否やを唱えるわけにもいかない。降谷が選択した通りのテーブル席まで、梓が先導して案内する。
     降谷とポアロに来たのは初めてのことだけれど、少なくとも降谷は、梓に顔と名前を覚えられるほどの常連らしい。新一も不定期ながらこの店は頻度高く利用しているから、これまで店で鉢合わせにならなかったのが不思議だ。
    「新一くん、最近顔を見ていないけれど、ちゃんとご飯食べてる?」
    「あー、あはは……」
    「もうっ。だめよ、ちゃんと食べないと――って、ちょっと、新一くん! 空腹ゲージ真っ赤じゃない!」
     梓のスキル、それは、彼女が対象と定めた相手の空腹状態を可視化するというもの。スキルを発動させた彼女の前では、空腹はごまかせない。いますぐに何か食べなさいと両手を腰にあてて諭す。そんな梓に苦笑いしながら、受け取ったメニューに目を通す。そこには、看板メニューであるカラスミパスタが一番上にかかれている。
    「そうだ。カラスミパスタがおすすめよ。昨日、出来上がったカラスミが届いたの」
     聞けば、少し前に新一が倒してこのポアロに持ち込んだボラからカラスミを作っていたという。それがちょうど食べごろになったタイミングで、こうして空腹ゲージがジリ貧となった新一が店を訪れた。
    「それじゃあ、カラスミパスタをお願いします」
     仕入れたばかりとあれば、すっかりカラスミパスタのつもりでいた新一が迷わずそれを注文する。
    「了解です! 降谷さんも同じもので良いですか?」
     提案を了承した新一に満足そうに満面の笑顔を見せて、それから、降谷にも同じことを尋ねる。降谷もまたその提案に了承すると、梓は、さっそく作りますね、と言ってカウンターの中にあるキッチンへ戻っていった。
     カウンターの中で鼻歌を歌いながら調理を始める梓を確認して、それから改めて新一に向き合う。
    「さて、工藤くん」
     新一と向き合った降谷がにっこりと笑顔を貼り付ける。その笑顔があまりにもわざとらしすぎて、彼の笑顔を見た新一はひくりと頬を引きつらせる。彼のこの笑顔は、新一にとってあまり良くない何かを知っているぞという顔だ。
    「最近きみ、何を探っているんだい?」
    「え……?」
    「探っているだろう?」
     質問ではなくて、確信。しかし駆動に対して直接問うということは、限りなく確信してはいるけれど、それはあくまでの状況からの推察の域を出ておらず、裏付けるに足りるだけの証拠がないということ。
     それなら、変に隠すよりも認めてしまったほうが探られずにすむ。
    「あー……さすがに降谷さんには隠せませんね」
     はは、と苦笑いをしながらあっさりと認めるものだから、新一のその答えに降谷の目がほんの少し見開かれた。十中八九、ごまかされると思っていたから。そこからどう情報を聞き出そうかと考えていた降谷だが、そんな新一の対応に拍子抜けした。
    「と言っても、まだ降谷さんに報告できるほどじゃないんです」
     これは嘘ではない。噂に上がっているバグについて調査していることは本当だが、それが何なのか、どういった条件で再現されるのか、まだ予想の域を超えていない。
     服部とは数回、一緒にバグ報告のあったフィールドまで調査に繰り出したけれど、そのいずれも何も起きなかった。少なくとも新一は異変に気づかなかったし、服部が何かに気づいたという素振りも見せなかった。
     ちなみに、新一がひとりでフィールド、あるいはダンジョンへ出かけた時は、BBSに報告があった現象が起きた。それは、服部とふたりで行った場所でも起きたので、どうやら服部と一緒にフィールドへ出かけるとバグは出ないらしい。
     他のプレイヤーと行ったらどうなるのかと問われると、検証していないのでわからないとしか答えようがない。それなら服部とは別のプレイヤーと一緒にフィールドへ行けば解決しそうなものなのだが、服部以外に新一が共に出かけるほど信頼ができて、かつ、自由に行動ができるような相手が存在しないのだから、今のところは検証のしようがない。
     つまりこのままの状態が続けば、ずっと降谷に報告することはないということだが、そこまでは黙っておくが――
    「へえ。ずいぶんと慎重なんだね」
     やはり、勘の良い降谷が新一の思惑に気づかないわけがない。このまま黙っているつもりの魂胆なんて、彼にはお見通しなのだろう。
    「ま、僕に手伝えることがあるなら声をかけてくれ。いつでも喜んで駆けつけるよ」
    「は、はは……」
     降谷の視線に、笑顔を作った新一の口の端がひくりとひくつく。降谷も笑顔を向けているけれど、笑顔を浮かべる目が笑っていなくてかなり怖い。このまま黙り込んでもよいのだが、果たしてこれからどうしたものかと気まずい空気に、ゆるりと外へ視線をさまよわせたところで、タイミング良く梓が注文した料理を持ってきた。
    「お待たせしました、カラスミパスタです」
     新一と降谷、ふたりが座るテーブルに、音を立てないよう静かに皿が置かれる。柄ひとつない真っ白なパスタ皿には、黄金色に輝くカラスミパスタがとぐろを巻いて美しい山を作っている。
     これ以上降谷に問い詰められても答えられることはない。だからこそどう対応したものかと困っていたので、このタイミングで梓が料理を持ってきてくれたのは助かった。ありがとうございます――そう礼を言ってカラスミパスタを受け取る。看板メニューであり、さらに入荷したてのカラスミを使用しているとだけあって、見るからにとても美味しそうだ。先ほどからひっきりなしにぐうぐうと腹が鳴いて催促するので、新一はさっそく一口を口の中へ詰め込む。
    「まあ、今はいいさ。でも、そのうち話してもらうよ――必ず」
     そんな新一の様子に、向かいの席に座る降谷が肩をすくめて見せる。
     しかしその青灰色の瞳は鋭く、射貫くように新一を見つめていた。

     商業の場として賑やかな中心街から少し離れると、多くの家々が所狭しと連なる居住地区が広がっている。街の中心に近くて比較的便利な場所だ。移動するための手段がまったくないというわけではないが、少なくともコマンドでひとっ飛びというわけにはいかず、大半のプレイヤーの基本は徒歩移動。そのために、便利な場所が好まれる傾向にある。
     また、たとえばどれだけ賑わっている場所の中心に家があったとして、建物内に入ってしまえば、外の喧騒とは隔絶された空間が広がっているため、それならば人が多くても近いほうが良いという選択が、大半のプレイヤーが天秤にかけた結果だった。
     新一の自宅も、例に漏れずその一角に存在する。
     とはいえ、自宅というものは必ずしも必要なものではない。たとえばポアロのような食事処や宿屋はいくつも点在していて、そこに行けば食事も取れるし、宿泊施設を利用することで睡眠だってとることができる。
     もちろん自宅にメリットはある。自宅があれば、そこに設置したベッドで眠ることで披露を回復することができるし、持ち歩きが可能な荷物の上限設定はあって、持ち歩く必要のない荷物の類を倉庫に保管しておくことだって可能。腹が減れば自らキッチンに立って料理をしたりすることもできる。もっとも、新一はキッチンの恩恵に預かったことはない。
     余談だが、料理の腕に関しては、現実世界の自分自身の料理の腕には一切関係がなく、料理スキルというものに依存する。 料理スキルとは文字通り料理の腕に関するスキルで、それがなければ料理はできなくて、高ければ料理上手ということになる。
     最初の頃、そのことを把握していなかった梓が料理をしてとんでもないダークマターを生み出したのは、今となっては彼女自身にとって鉄板の笑い話となっている。ちなみに新一がコーヒーメーカーを使おうとためしたところ、それすらまともに使えなかった。コーヒーくらいは自由に飲みたいと、スキルレベルを最低限だけ割り振って、今はコーヒーメーカー程度なら使うことができるようにしている。
     自宅に戻って、部屋の中心に堂々と鎮座しているソファに腰掛ける。新一ひとり程度なら横になって寝転んでも余裕の広さがあるソファだ。隣のサイドテーブルにには、新一にとって最高の娯楽である推理小説が積み上げられている。まさかこの場所でも推理小説が読めるなんてと思ったことは記憶に新しい。羅列している文字に目を落とすと、とたんに没頭してその世界に浸るのを感じた。
     最後まで読み終わって顔を上げると、自宅に帰ったときはまだ赤い光が西から差していたはずの空が、とっぷりと暗い闇に包まれている。夕刻から夜への移行時間は短いとはいえ、二時間ほどは他のことに気を取られることなく没頭していたということになる。
     習慣というのは恐ろしいもので、すっかりふけてしまった夜の空を見上げると、なんだか温かい湯船に浸かりたくなる。たっぷりと贅沢に張った温かい湯に肩まで浸かって心身ともにリラックスするイメージを頭に描きながら、風呂場へ足を運ぶ。浴室の機能もきちんと備えたこの家だからこそできる贅沢に、新一は給湯スイッチを押した。
     みるみるうちに浴槽へと湯が満たされてゆく。浴槽に注がれる湯を見ながら、衣装と装備の一式をすべて脱衣所で外す。もちろん、下着だって例外ではない。すべて脱ぐと、あたたかそうに湯気を立てている浴槽へ体を沈ませた。
    「あー、やっぱり日本人なら風呂だよなあ」
     無意識のうちにため息が漏れる。温かい湯につかると、一日の疲れがすべて溶け出してゆくような感覚。温かさに身を任せたまま目を閉じると、今日のことが脳裏をよぎった。
    「それにしても、なんで服部が一緒だとバグが起きねえんだ?」
     過去にもBBSに書き込みがあった情報を頼りにフィールドへ繰り出したからといって必ずしも同じ場所で同じ現象が起きるとは限らないのだろう。誰でも起きる現象だというのなら、同じ現象に遭遇したという書き込みが複数件数あってもおかしくはないはず。しかし実際はそういった例はなくて、多くても二、三件の書き込みがあるのを見た程度。
     しかし不思議なことに、それを見た新一が実際に訪れると、その書き込みがあった情報通りの現象が起きる。毎回例外はなくて、その再現性はいまのところ一〇〇%。ただし、新一がひとりのときに限る。
     新一は必ずバグに遭遇して、逆に服部は絶対にバグに遭遇しない。
     服部と一緒に行ってバグに遭遇できなかったフィールドは、後で改めて新一がひとりで向かうと、服部と一緒のときには起きなかった現象が再現する。つまりBBSに報告されるこれらのバグに関しては、調査をしている新一自身よりも服部の方が影響が大きいのだろう。
     自分で割り振るステータスやスキルのほかに、キャラクターとしての登録時にランダムで付加される隠しスキルがある――目に見えて表示されているわけではないので、プレイヤー間では便宜上そう呼ばれている――と噂では聞いたことがある。もしかして、これがそのスキルだとでも言うのだろうか。
     そんなことを考えながら、温かい湯船にぶくぶくと口元までを沈ませる。肩を超えて顔の半分ほどまで湯船に浸かると、ようやく体全体がじんわりと暖かくなるのを感じる。額に汗がにじみ、流れて落ちる汗がつうと肌をなぞる。その頃になってようやく、新一は湯船から体を引き上げた。
     浴室を出て脱衣所へ移動しても、芯までしっかりと温まった体はぽかぽかとまだ風呂のぬくもりにまとわれている。このままさっさと衣服を身につける気になれず、表面についた水分を拭い、下着だけを身につけると、着替えとして用意していたルームウェアを手にしたままリビングへと移動する。
     リビングの一角には窓が設けられていて、外を見ることができる。見上げると、日が落ちてすっかり暗くなった空には、丸くて大きな月と、散りばめられた無数の星が輝いている。カラカラと窓を開けると、ひやりと夜の冷えた外気が流れ込む。見上げた星空の美しさにぶるりと身震いをして、新一は手に持っていたルームウェアをベッドの上に放り投げると、もう一度、衣装に腕を通した。

     昼間に服部と向かったフィールドはさほどレベルが高いエリアではないとはいえ、新一がひとりで向かうには決して油断はならない。とはいえレベル差と実力を考えれば、対処するには十分すぎるほどの余裕はある。しかし念には念を入れて、倉庫の中から役に立つだとうと期待する様々なアイテムを引っ張り出してくると、それらを持ち運ぶための荷物の中へと装備する。
     自宅から外へ出て、夜になってもまだ賑わっている街の中心部を早足で歩いて横切る。街の反対側にある噴水広場のさらに奥に、フィールドへと繋がる転送ゲートがある。
     昼間に服部とふたりで繰り出したときのように、ゲートに手をかざして同じキーワードを宣言する。ぐるりと渦を巻くようにゲートが色を変えて、すぐに新一が望むフィールドへと繋がった。ここまでは何の変哲もなく、いつもと同じようにことが進んでいる。しかし服部がいない今回は、経験上、十中八九BBSに書き込みのあった現象が起きるだろうと予想する。ごくりと無意識のうちに生唾を飲み込んだ新一は、誘うように色を変えたままぐるぐると回るゲートへと手を伸ばす。
     指先が触れた瞬間、腹の底からかき回されるような、得も言われぬ不快感が襲ってきた。その衝動に、ぐっと下っ腹に力を込める。
    「――う、ぐう……っ!」
     新一がひとりで立ったからか、予想したとおりの衝撃が襲ってきた。胃を押しつぶされるような感覚に、はあ、と長く強めに、意識して息を吐きだす。そのまま二度、三度と吐き出す意識をしながら呼吸を繰り返すと、ほんの少しだけ、気分が楽になったような気がした。
     転送先のフィールドで新一が目にしたのは、昼間の青と夕方の赤、そして夜の黒がぐにゃりと入り混じったような色をした空。昼間に服部と北ときにはみられなかった目に見えてわかるほどの異常さが、このフィールドがBBSに報告が上がっていた場所であることを如実に物語っていた。
     フィールドへ移動して真っ先に気づいたのは空の色だが、周りを見回せば他にも異常な光景が次々と目に入ってくる。
     まず、フィールド上に生えている草花の数々。その形がおかしい。葉や茎、花としての形は一応とってはいるものの、先端の一部や途中の所々に表示のほころびが見られる。それらのほころびを補修でもするかのように、二進数だろう〇と一で構成される数字が連なって、面や立体のポリゴンとなってちかちかと光を放っていた。
     湖の奥の方に見える大きな滝も、湖に向かって流れ落ちる先で滑らかに表現されている水の流れからポリゴンが乱れ、数字へと変化し、それも水面へ落ちる前に消える。明らかに異常な光景ではあるけれど、バグ報告があったフィールドとしてはむしろこの光景がいつものこと。
     今度こそ目的だった調査ができそうだと気を引き締めると、何が起きてもおかしくないフィールドを前に、新一は慎重に歩みを進める。このエリアのさらに深い場所、ダンジョンへと繋がる入口は、すぐに見つけることができた。
     そのダンジョンだって、服部と来たときとは全く違う様相を呈している。
     服部と訪れたときは地下へ深く潜ってゆくタイプの、洞窟のようなダンジョンだった。しかしいま新一の目の前にそびえ立っているのは、まるで学校の校舎のような建物。その、立派な門扉の前に新一は立っている。規則正しく窓が並んでいて、そのどころどころの部屋から明かりが漏れているのがまた、不気味さを演出している。
    「虎穴にいらずんば……ってな」
     眺めているだけではどうしようもない。
     意を決して、新一はダンジョン――学校と思われる場所の敷地内へと足を踏み入れた。
     だだっ広いフィールドとは違い、ダンジョンの中は相変わらずの迷路っぷりをみせている。学校の校舎らしい外見を見た限りでは単純な構造に見えたが、実際に中へ入ってみるとそうではない。しかしダンジョンのデザインそのものは外見通りに学校がテーマとなっているらしくて、奥へと続いている廊下の壁には、成績表やポスターなどが張り出されている。
     なかなかリアルなのは壁と掲示物だけではなくて、ダンジョンのところどころに設置されている宝箱までロッカーの形をしている。中には何も入っていないものや、ほうきやモップなど掃除道具が入っていたりするものもある。掃除用具などのロッカーの中に入っているものは実際に手に取ることができて、道具のインベントリ(所持物一覧)にもしっかりと登録される。
     ちなみに、試しにすべての用具を一度手に取って振り回してみたが、本当にただの見た目の道具そのもので特殊な挙動はない。昼と同じダンジョンのはずが全く違うということを除けば、見た目にただ良くできたダンジョンで、まるで本当の学校にいるような錯覚に、新一はロッカーの中や掲示物が貼られた壁をまじまじと眺める。
     先へ進むと、廊下まで明かりが漏れている教室があった。
    「なんだ、あれ……」
     開いているドアから教室の中を覗くと、部屋の中ではまるで授業でもしているかのような光景が広がっている。教師も生徒も人の形らしいものにはなっているが、その見た目はフィールドで見た草花や風景のように、〇と一の機械的な数字が押し固められたシルエットのみ。さすがの新一もその光景にはドキッとしたが、こちらに何か影響を及ぼすものではないらしい。
     向こう側から何もアクションしてこないのなら、わざわざ藪をつつく必要はない。奥を見るとまだまだ続いていそうなダンジョンの行き着く先はどこだろうかなんて考えながら、新一は先へ進んだ。
     エネミーを召喚する魔法陣から出てくるのは、記憶にも新しい昼間に見たエネミーとラインナップはたいして変化がない。個々の戦闘力はたいして高くはないけれど、いかんせん数が多いというのも昼間と同じ。数で勝負とばかりに次から次へと湧いて出てくるエネミーを一体ずつハンドガンで処理するのは、狙いも定めにくくてなかなか面倒で、もうひとつの武器である剣を抜いた。
     まっすぐに伸びたロングソードがキラリと光る。
     両手でしっかりと握り込んだそれを大きく薙ぎ払いながら先へ進むが、それでも確実に倒して進まなければあっというまに囲まれてしまうので、最奥の部屋へたどり着くまでにかなりの時間を要した。
     進んできた廊下の突き当たりにその部屋はある。見上げた看板に『校長室』とあるそこは、これまでに見てきた教室のドアの数々とは明らかに違っていて、見るからに重厚で豪華な作りとなっている。
     重いドアを開いて、中へ足を踏み入れる。背中をなにかに押されてたたらを踏み、吸い込まれるように室内へと誘われた。最奥の部屋、校長室へ入った途端に、背後で重い物音がする。何事かと振り返ると、いま新一が入ってきたばかりのドアが影も形もなく消え去っていた。
     出入り口が完全に塞がれて、部屋の中に閉じ込められた。
     脱出手段は、この部屋のボスを倒してダンジョンクリアのゲートを開くこと。もしくは、新一が倒されてボスに敗北することの二択のみ。
     それならもう選択肢はひとつ。勝つことのみ。
     部屋の中央へ向き直った新一の視線の先で待ち受けていたのは、あえて分類するならばヒトガタなのだろうモンスター。とはいえ、これまでに遭遇したエネミーや通ってきたダンジョンと同じくポリゴンの乱れがひどい。
     かろうじてヒトガタだろうと認識できる程度に乱れたそれは、新一の姿を捉えると、溶けて落ちるような指先を伸ばした。
    「ワた……ノ……理想、郷……を、カワ……い、わタしの……生、ト……」
     新一の姿を認め、何かを必死に訴えようとするエネミーの言葉にノイズが混じる。ところどころ、ジジ、と音がして音声がかき消されてしまう。
     同時に、伸びた手が薙ぎ払う。ムチのようにしなりながら伸びる腕を避けるため、後ろへ飛び退く。
    「うわっ、くっ」
     捕まるのはなんとか避けたものの、目に見えている腕よりも先へ伸びていた見えない爪の先が、新一の体をかすめた。
     胸を横一文字にかすめた爪が、新一が身につけていた防具をえぐる。防具をつけていなかったら、後ろへ飛び退くタイミングが少しでも置くオレたら、真っ二つに切り裂かれていたかもしれないと思うと、ゾッとする。
    「こんなに強いなんて、聞いてねえぞ」
     続けて二度、三度、と追い立てるように連続で攻撃が飛んでくる。今度は先程よりも十分に距離を取って交わすが、ただでさえ腕の途中から粗く乱れているポリゴンが、振り回されるたびにかけらが散る。動くたびにポロポロとこぼれては形が消えてゆくので、どこまで攻撃のダメージを受ける範囲なのかがわからない。
     そもそもこのダンジョンのランクなら、召喚されるエネミーの強さも新一がひとりでも十分に対応できるはず。それがまさか、距離を詰めて相手の間合いに入ることすらできないとは。
    「……マジかよ!」
     繰り出される攻撃を避けながら、手早く相手のステータスを測る。計測完了の文字とともに表示されたステータスは、いまの新一がひとりで対処するにはなかなかどうして厳しい値を示していた。
     驚いている暇もなく、次から次へと攻撃を仕掛けられる。それらをかわし、いなし、ときには反撃をしたりと、なんとか対処するが、戦況はあまりかんばしくない。
    「ゆズる……もの、か。おマエ、も…………と同ジ、狙……ダろ……」
     ノイズに邪魔をされて、何を言っているのかまでは聞ことることができないが、聞き取ることができたところで、そんな主張など知ったことではないというのが新一の言い分なので関係はない。
     この部屋にたどり着くまで使っていたロングソードをそのままの流れで使用していたが、相手は接近戦で戦うのはあまり得策ではない。剣をしまい、代わりに使い慣れたハンドガンをホルスターから引き抜く。クイックドロウ(早撃ち)のスキルは持ち合わせてはいないけれど、なにも対決するわけではないのでそこは問題ない。
     二発、三発、と狙いを定めて発砲するが、いまひとつ手応えがない。外れているというわけではなくて、ちゃんと被弾させているというのに、ダメージが通っていない。
    (――軽すぎる)
     新一が使用している武器も防具も、街にいる武器商人であり鍛冶屋でもある男に直々に仕立ててもらったもの。新一の力量を本人が把握している以上に引き出す装備を誂えてくれる職人で、知り合って以来ずっと、武器や防具を新調するときはもちろん、定期的なメンテナンスまでお願いするほど信用が置けるほどの相手だ。
     そんな彼が手掛けた武器をもってしても刃が立たないということは、いま新一の目の前に立ちふさがるモンスターはいまの彼の実力ではまだ手に余る相手だということを示している。
     それなら負ければ良いのだが、問題は、おそらくこのダンジョンが通常プレイでは想定していない、イレギュラーな存在だということ。新一が降参したところで、負けたところで、素直に街へ戻してくれるとは限らない。
     幸いなことに、念には念を入れて道具を補充してきたので、残弾数はまだたっぷりと余裕がある。考えるのは、この弾をすべて撃ち切ってからでも遅くはない。
     攻撃の手が緩んだタイミングを見計らって弾を込めながら、残りの弾でどう攻めるか計算する。ハンドガンを構え直したところで、背後で大きな物音がした。
    「うわっ、なんだここ」
     振り返ると、部屋の中を覗き込んでいる男が目を丸くしている。上下黒色の衣装はあまり華美ではなく、装飾が多い衣装が大半のこの世界において珍しくスッキリとしている。黒の帽子まで被っていて顔はよく見ることができないが、目視での印象では、背丈は新一と同じ程度だろうか。
     新一が部屋に入ってからすぐに閉じたはずの入り口。ドアすら消えてしまって二度と開かないのではないかとすら錯覚したその場所が再び開いている。
     今なら、外へ出ることができるかもしれない。
     入り口の向こう側に見える景色は、記憶の中にあるここに来るまでに新一が歩いてきた光景と同じ。それならば、またドアが消えてしまう前に外へ出ることができれば助かる可能性は十分にある。
     瞬時に判断した新一は、手に持ったままのハンドガンを収めるよりも優先して、踵を返すと入り口へ急ぐ。そんな新一を追って、ボスもまた攻撃の手を伸ばす。
     狙われたのは、新一ではなくてボスを見て驚いたまま動けずにいる男。
    「危ない!」
     ここまでどうやって来たのかはわからないが、武器を携帯しているようには――少なくともこの部屋に入るためにしまったのだろう、手元には見えない。ボスの攻撃を阻止しようにも、攻撃を阻止できるだけの火力がいまの新一にはない。せいぜい意識を新一に向けるか、もしくはタイミングを見て攻撃を避けるか。どちらにしても、この状況で誰かをかばいながら戦い続けるというのは不可能。
     それならば――
    「逃げろ! 走れ!」
     立ち尽くしたままの男の腕を引いて、すぐに部屋の外へ出るよう背中を強く押す。有無を言わせず新一が押したことで転びそうになるが、いまはそんなことまで気にしている余裕はない。
     フッと視界の端を何かが横切る。それがボスの腕で、新一たちに向けて繰り出された攻撃だと気づいたときには遅かった。
    「――ぐっ!」
     攻撃を受ける直前に気づいたところで避けきることができず、背後から攻撃を受けた衝撃で、新一の体が吹き飛ぶ。ただでさえ一度は攻撃を受けて少なからずダメージを負い、防具の耐久値も減っている。そこに追い打ちをかけるように、体が吹き飛ぶほどの強烈な一撃を食らった。
    「――っ、おい! 大丈夫か!」
     背後からまともに食らった攻撃で、新一の体力をあらわすパラメーターが一気に削られる。限りなく短く目減りしたゲージは、深刻なダメージを負ったことを示す赤色に表示色が変化する。
    「オレは、いい、から……逃げろ……!」
    「あっ、おい! ちょっ――」
     新一ひとりではもう立っていられなくて、全身から力が抜けて男にもたれかかる。初対面のプレイヤーに突然倒れかかられて驚くのは当然だろう。しかし彼はそんな新一を無下にすることなくしっかりとその腕に抱きとめた。
     ずしりと腕に重みが乗る。
     一言、二言、と何かをぼそぼそと口にしているが、新一が何を訴えようとしているのか、ろれつの回らない口では何を言っているのかがわからない。呼びかけても返事がなくて、そのまま新一は意識を失ってしまった。
    「――――チッ!」
     ただの荷物となった新一を左腕に抱きかかえたまま、空いている右腕で懐から銃を引き抜く。一見するとおもちゃのような、特徴的な見た目をしたそれから連続で放たれたトランプがボスモンスターの足元、足止めをするように地面にいくつも突き刺さる。男の思惑通りにボスが足を止めた隙に、くるりと手の中で銃を回す。もう一度改めてグリップを握り直すと、今度はモンスターとは反対の方向、背後へ銃口を向けてトリガーを引いた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
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    くじょ

    PROGRESS快新。MMORPGパロディ。
    過去に途中まで書いたものを大幅リメイク。
    ※元の作品とは所々で設定が異なります。
    ※登場人物の変更もあります。
    ※6月30日あわせで発行予定(予定は未定)
    ※※まだ快斗が出てきません(次から出る予定)
    MMORPGパロ。進捗④ 眠りについたときにはほぼ明け方になっていたということもあって、目を覚ますころには太陽がすっかり天高く昇りきっている。朝一番に服部に声をかけて行こうと思っていたのに、これでは朝一番どころか、すでに昼も目前という時間だ。
     明け方に眠ったとはいえふかふかのベッドで眠った体はすっかり体力も気力も満タンまで回復している。ステータス上では疲れは取れたものの、まだ眠気が残っていて体が重だるい。軽快に動かない体をずるずると引きずりながらキッチンへ向かい、冷蔵庫の中を覗く。中によく冷えたアイスコーヒーを見つけると、それを取り出してグラスに注いだ。
     なみなみと注いだ黒い液体の中に、今度は冷凍庫から取り出した氷をひとつずつ落として入れる。表面に浮かんだそれがゆっくりと溶けてゆくのを眺めながら、キンキンによく冷えたアイスコーヒーを喉を鳴らしながら飲み干した。グラスの中に液体がなくなったことで、カラン、と氷が涼し気な音を立てる。
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