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    sekkie3366

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    エペジャク、二人が過去に会っていたら…と言う話。

    #エペジャク
    epeejac

    林檎の里で見た夢 それはジャックの中でもかなり古い記憶の部類だった。
     ある夏の夜のこと、幼いジャックは地元の祭りに母親に連れられて来ていた。まだ下の弟も生まれたばかりで、母親は忙しかったはずだが、ここのところずっと赤ん坊に掛かりっきりだったのを気にしたのか、その日は祖母に世話を頼んで、久々に二人での外出だった。
     彼女の手を繋ぎ、まだ夕暮れの光が漂う中を歩いて行くと、同じ目的の人込みに交じって、屋台が並んでいる大通りが見えて来た。夕闇の迫る表参道をたくさんの出店が囲んで、彼は思わず小さく声を上げた。テントのような店先を色とりどりの灯りが彩り、まるで絵本の中の世界のようだった。あちらこちらに並ぶ、普段あまり見ることのないお菓子やおもちゃは幼い彼の気持ちを掴むのには充分だったけれど、一際それを奪ったのは屋台の通りを暫く進んだ先にあったものだった。それが目に入った瞬間、ふと足を止めた。
    「どうしたの?」
     母親が雑踏の中、急に立ち止まった彼を嗜めるように声を掛けたが、動かず一心にそれを見つめていた。そして不意に汗ばんだ手を彼女から離すと、斜め向かいの方角へと一目散に走り始めた。慌てたような母親の声を背中に聞いたが、そのまま駆け続け、漸く林檎細工の店の前で彼は止まった。そこには店の主人として自分の祖母くらいの女性が立っていて、器用に林檎を飾り切っている。暫くじっと眺めていると、ただの林檎だったものがいつの間にか、薔薇だとか白鳥だとかに変化している。それがいかにも鮮やかで思わず瞬きも忘れて見入っていた。しかしそうした最中、彼はさらに驚くものを見た。飾り切りの終わった林檎がふっと宙に浮いたと思うと、透明なガラスの液体のようなものがそこに集中するように絡まったのだ。思わず目を凝らすと、ガラスの液体のようなものは溶かした飴で、それが林檎をコーティングしたのだとわかった。一才手を使わずに!
     魔法だ!と興奮した時、不意に林檎はここからは見えない下に落ちた。あれと思うとそこで声がした。
    「ばっちゃ、これ前に置けばいいの?」
     子どもの声だった。思わずその正体を見たくて覗き込むように近くに寄る。するとさっき消えた林檎の飾り切りを持って立ち、ばっちゃと呼んだ女主人の顔を伺っている子どもが見えた。ばっちゃと言うには、この子は彼女の孫なのだろう。けれど一見女の子なのか男の子なのかジャックにはわからなかった。雪のように白い肌に、色の濃い電球の下でもわかる林檎のような紅いほっぺたをしている。家で読んでいた絵本が思い浮かぶ。
     白雪姫……。
     何となく見惚れてぼんやりとしていると、その子が気付き、顔の半分くらいありそうな目をますます大きくさせて言った。
    「おおかみ!その耳ほんもの?!」
     急に大声を出されてびっくりする。そして咄嗟に自分の耳に手をやりながら頷くと、それに気付いたその子の祖母が横から戒めた。
    「こら!どってんさせるな!おっかながってらだべな!」
     叱れてその子は少し頬を膨らませる。
    「だってかっこえがったんだもん。なんで俺にはねのがなあ」
     俺、という単語を聞いて、漸くこの子が男の子だと理解する。絵本の中から飛び出して来たお姫さまだと思ったことが、少し恥ずかしくなった。そうしてもじもじしていると、今度は彼の方が店から乗り出して、ジャックの顔をまじまじと見た。
    「たげかっけえなあ」
     うっとりしたように見つめられてジャックはますます恥ずかしくなってしまった。照れた癖で、今度は尻尾を触りながら俯いていると、彼の祖母が声を掛けた。
    「全く変なことばっかり言ってごめんね。林檎の飾り切りに興味あるのかい?」
     ジャックは黙ったまま頷いた。そしてふと思い出したように、ポケットに手を入れると銀の硬貨を取り出した。今日はお祭りだからと貰っていたお小遣いだった。それをやはり無言のまま彼女へと差し出すと、「おやおや」と彼女は言って「じゃあ好きなものを作るから、何がいいかね」と聞いて来た。彼は少し考えてから、呟くようにして「サボテン……」と答えた。彼女は微笑むと、早速新しい林檎を取り出すなり、隣の孫に声を掛けた。
    「お前も手伝っておくれ」
    「わかった!」
     元気よくその子が声を上げたと同時に、再び始まった一連の様子を、ジャックは一瞬も逃すまいとして見つめていた。さっきも彼女の手元をずっと眺めていたけれど、全然飽きない。林檎の飾り切りは手作業で魔法じゃないけど、これだって充分魔法みたいだ。ふと自分の祖母のことが心に過った。俺のおばあちゃんも色んなものを作ってくれる。おばあちゃんはみんな魔法の手を持っているのかな、なんてことを考えていると飾り切りが終わったらしく、すっかりサボテンの形になった林檎が隣にいた彼に手渡された。すると、彼は横にあった瓶に向かって何やら指を振った。その瞬間その中身が空中に舞い、ジャックはぽかんとする。そうして彼も魔法使いなのかとはっとする。電灯に照らされてキラキラ光る液状の飴が林檎のサボテンに絡まるのを見ているうちに、とうとう彼のサボテンが出来上がった。
    「はい」
     あの子が少し身をこちらに傾けて渡してくれる。
    「……ありがとう……」
     礼を言いながら、サボテン型をしたつやつやの林檎を嬉しそうに眺めていると、不意に後ろから声がした。振り向けば母親だった。

     授業の始まる少し前、ジャックは何故かそんな昔のことを思い出していた。今になれば、あの子とその祖母は地元の催し物の時だけやって来た、よその町からの人間だったのかも知れない。既に彼らの声すら定かではないが、唯一はっきり記憶している聞き慣れない訛りのことを考えると、そんなことを感じた。
     そうして、もしかしてあの子は……などと続けて思って、ふっと隣にいる顔を見る。彼は不思議そうにこちらを振り返った。
    「どうしたのジャッククン」
    「……別に。何でもねえ」
     気付かれないようにそっと微笑むと、ジャックは視線を教科書に戻した。
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