「今日はキスの日なの〜」
朝からテンション高くラブが教えてくれた事が頭の片隅に残っていた、なんて言い訳だろう。放課後、ふたりきりの教室で視線をそらせないまま沈黙だけがそこにあった。
少し時間を遡る。
休んでいた間の授業内容を教えてほしいと頼まれたのが事の始まり。アドラの1年共との級硬貨をかけた戦いに敗れ、相手共にとっては大団円なんてなっていたときに現れた無邪気な淵源。アベル様を庇って深手をおい、療養していたという。それでも1週間と経たずに復帰できたのは医療環境の発達か、本人の生きる力が強いのか。ともかく授業内容なら自分の復習にもなるからとふたつ返事で引き受けた。
「そーいや仮面してねぇんだな」
参考書とノートを並べ粗方を教え終わったところでずっと気になっていたことを聞いてみる。
「…え、あぁ、マッシュくんと戦ったときに壊れてしまったので」
急に話しかけられるとは思ってなかったのだろう、応答まで少し間があく。わざわざノートを書き写す手を止めて顔を上げて応えるのだから律儀な奴だ。
ふぅん、と自分から聞いておいて興味がなさそうな返事をしてしまうがその意識は目の前の顔へと向いていた。普段仮面に隠れていてまともに見たことがなかったが、理由があるとはいえ隠すのがもったいないと思うくらいには整っている。陶器のような白い肌も相まって壊れそうとか儚げな印象をおぼえる。まあアベル様へのいきすぎとも見える信仰や、自身の固有魔法を有効に使うためにと剣を振るう姿を見ればそんな印象はがらりと変わってしまうものだろうけれども。
黙った俺を不審に思ったのだろう。「ワース」と唇が俺の名前を描くのを見たらもう駄目だった。「どうしましたか」とでも続いたであろうそれをのみ込むように唇を奪っていた。
すぐに我に返り身体を離すも、お互いなにも言えず沈黙、冒頭へと戻る。
……いや、黙っていては駄目だろう。今のは100俺が悪い。
「…あの、アビス…その…、悪い…」
顔色を伺うように、しどろもどろと言葉を絞り出す。キスの日だから、なんて冗談で済ませられる相手でもないだろう。なんて言えばいいのだろうか、頭を働かせてもうまい言葉なんて出てこない。