言葉と感情が合わない【影犬】*影犬短篇集⦅恋に傾熱⦆
———カゲの前だと言葉と感情がずれてしまう。
スカウト旅から数週間ぶりに開放されて待ち受けてたのは、喧嘩状態になっていたカゲだった。いわゆるカゲとおれは恋仲だけれど、とても些細なことで喧嘩してしまっていた。そしてそのままの流れでおれは数週間、二宮隊のみんなとボーダーのスカウト旅へ。その間、そりゃあカゲ相手に連絡を取ろうなんて微塵も思わなかった。…最初の1週間くらいは。
喧嘩のきっかけなんて本当に些細すぎるというか、小さすぎたと思う。だから1週間もすればおれの怒りは何処へやらと、『連絡したい』『声を聞きたい』なんて分かりやすく、カゲへの純粋な好意の方が勝ってしまっていた。けれども啖呵を切って(結果的にではあるけれど)おれの方から出て行った以上、その意地ぐらいは張るものだ。正直、今おれのすぐ後ろにいる、この数週間声も何も全く聞けなかった恋人に言いたいことは山ほどある。でも、ダメだろう。いやダメだろう。
「おいクソ犬」
痺れを切らしたのか、カゲが先に声をかけてくる。
「…なに」
いくら怒りが収まってるとはいえ喧嘩中である事実は変わらない。故にこちらの返事もそれ相応のものになってしまう。
「こっち向けよ」
「嫌だ」
「なんで」
…理由なんておれの我儘でしかない。カゲの前では特に意地を張る自覚はあるし、素直になれと何度も言われた。けれども本当、恋心って厄介だ。『好きであるからこそ、分かってほしい』なんて思う。カゲが相手だからこそ言葉以外のところで伝わってほしくて。
「……感情ぐらい察せよ」
存外、カゲの前だと言葉と感情が噛み合わせられないな。今振り返ったら相当の間抜け面を晒すだろう。
———わがまま言ってごめんね、大好きだよカゲ。