2022.06.14
「業務放棄か、盟友」
音もなくソファを覗き込む巨躯の声は、責める言葉とは裏腹に楽しげに弾んでいる。テーブルに投げ出した灰色の置き時計は昼時を少し回っているが通達されていたミーティングにはいくらか早いし、我が盟友の訪問予定はそもそも明日だ。相変わらずの、予告なしのサプライズに呆れながら横たえていた体を起こせばエスコートに革手袋のない掌を差し出してくれるので、ありがたく頼ることにする。
「毎度よく乱れるものだ。次の土産はナイトキャップにしてやろうか? くく、贈ったとして、寝室に置き去りにされそうだな」
触れるのはかまわないが、寝起きで崩れた髪を梳くのはやめてもらえないだろうかな。それこそ妹にしてやれば良いだろう毛づくろいを長い指でされると、抜け出した眠りの中に舞い戻ってしまいそうだ。
「……放棄ではなく、効率的な休息活動と言って欲しいね。君だって、ろくに申請も通さず私の元へ来るくせに」
「私のIDにその権限を与えたのはお前だろう。念の為に、アーミヤからも承諾は得ているさ」
慎重な男だ。前に壁などないように押し進む姿は誰よりも強引なくせに。その男の肩に、戦場も平時も共に在る相棒の姿がない。
「テンジンは? 外で散歩でもしてるのかな」
「エンシアに預けてある。何やら思いつめていたからな。目先に気を取られるのがあれの悪い癖だが、少し体を動かせば靄も晴れるだろう」
確かにここ数日、クリフハートからは溌剌とした笑顔が失われていた。それとなく探りを入れてもはぐらかすから、プライベートの悩みだろうと当たりをつけて深入りせずにいたものを、家長たる男はやすやすと見抜いては解決までこなす。
……私に、一番に会いに来たのではないのだな。浮かぶものがちりりと思考を焦がしたが、兄妹の絆まで羨む子供じみた嫉妬で逢瀬を台無しにする趣味はない。絡みたがるように揺れていた尻尾をとらえて、黒に包まれた身を抱き寄せる。噛み付くようにくちづければ、熱い舌が唇を這った。私に鳴る喉があれば、揃いの音が部屋を満たしていただろう。
「じゃあ、しばらくは二人っきりなんだね」
「そうだとも。少なくとも一晩は、お前とこうしていられる」
「はは、情熱的だな。あいかわらず」
裾から侵入した、冷たく、硬い指先が肌をまさぐる。自分はちっとも脱がないくせに、こういう時、さっさと人を裸にするのがうまいのだ。留め具をすべてはずされながらクッションに隠していたローションを取り出すと、瞳に欲を滲ませた男が、く、と生唾を下すように笑う。
「さて。求めていたのはお互いだろう」
掌の器へ多めに注いだ粘性の液体を温め終えると、大人しく待っていた大人の指を握り込んでよく絡める。間抜けにも抱かれる私が潤滑剤を温めているのは、君の手じゃ結局冷たいままだと抗議したら、自身で適温にしろと突き返されたせいだ。
「だって、わかりやすい手段じゃないか。知恵や技術が発展しようとも、肉体的コミュニケーションには敵わないさ」
「口数の減るぶん、身体は正直だからな。助かるよ」
「黙らせてるのは君だろう」
「ああ。望む快楽をこれほど与えられるのは、私の他にはいるまい?」
契約者。指揮官。オペレーター。客人。それを歓待する責任者。合間に存在する名はいくつもあるけれど、閉ざした扉の中で過ごすこの瞬間は、少なくとも、ただの恋仲と名乗っていい。
「夕食メニューに、私の好物があったんだ。デリバリーを頼まれてくれるかい」
「承知した。施錠の権限も与えておいてくれ」
それもとっくに加えてあるさ。返答は、分厚い唇に飲み込まれた。