2022.10.14
一人の皿洗いって面倒だ。苦になる量でもないが、細かいとこまで手が回してたら間に合わない。来主め、午後営業を忘れてるのか?
「一騎、手、空いてる? 皿洗い手伝って欲しいんだけど」
厨房仕事が済んでたら。付け足す前にのんびり出てきた。こういうときは耳が早いやつだ。
「あれ? 来主は?」
「散歩。羽佐間先生を呼びに行ったのかもしれないけど」
「置いてかれたのか」
シンクに積んだ皿の小山を見て笑う一騎に、かもなと肩をすくめた。来主が普段使ってるスポンジを、来主よりも丁寧に扱う手元を追う。
「今日、人、多かったもんな。作り甲斐があるよ」
「さすが、慣れてるな。島でもお前目当ての客が多かったって聞いたけど」
「ええ? 名前付きのメニューを面白がってただけだろ」
あまり力を入れてないように見えるのに、細かな汚れも残らず注いでいく。俺よりも洗浄済みを積んでいくのが早い。
「助かる。ありがとう」
「いいよ、これくらい」
普段はこうならないように都度片付けてるけど、今日は人の入りが多かった。加えて、まとめて取り掛かろうかって昼休みの始め、来主が「そうだ!」と声を上げて飛び出していったものだから。
「食洗機、買わないのか? 便利だぞ」
「うーん。要ると思う?」
「迷ってるなら買ってもいいんじゃないか? 洗濯機は置いてるんだし」
同じくくりにしていいものか。
「一騎が言うなら検討しようかな。おすすめは?」
「咲良のが詳しい。俺もあいつに聞いたから」
咲良といえば、衛一郎くんが歩けるようになってから、昼過ぎによく来てくれる。今日も会えたら知見を賜わろうかな。
話すうちに、乾拭きまで殆ど済んでいる。慣れというものは素晴らしい。俺も見習わないと。
「たっだいまー!」
来主のタイミングの良さも素晴らしい。こいつめ。一人で床掃除させてやろうか。
「おかえり。無断外出の言い訳は?」
「えっ? お休みだから外行ってもいいんじゃないの?」
「俺、いいって言ったっけ? そもそも、行っていいかの確認は?」
「えー……ないかも」
かもじゃない。
「まあまあ。来主、それ、なにを摘んできたんだ?」
「わかんない。散歩してたら見つけたの、思い出してさ」
皿にした手にあるのは粒をたくさんつけた木苺。確か、今が収穫の時期だったか。
「そっちの許可はもらったんだよな?」
「うん! 気に入ったら入荷をご検討くださいだって」
気風がいい人だ。来主も火の扱いに慣れてきたし、店にもそろそろ季節メニューを増やしていい気もする。
「じゃ、木苺メニューは来主に頼もうかな。昼休みのぶんってことで、どう」
「えっ? 僕が? 作るの?」
「お前が農業の方とコンタクトしたんだから、製作までやってみなよ」
なんでか呆然とする手から、粒ぞろいの木苺を洗いたての皿に空けさせる。なにがいいかな。タルト、ケーキ、季節外れのアイスクリーム。持ち帰りメニューでマフィンとか。
「……ねえ一騎、甲洋怒ってる?」
「怒ってないよ。急に出てったから心配してたんじゃないかな」
「え……?」
内緒話は全部聞こえてる。時計を見ると、そろそろ営業再開だ。
「話してないで、来主はさっさとエプロンつけて。お前の仕事、一騎が肩代わりしてくれたんだから、ちゃんと礼も言っとけよ」