期待した姿じゃなかった。バニーの格好で待ってるぞ。
なんて連絡をもらって、本当は一泊する予定だったホテルもキャンセルして即行飛行機に乗った。
早く帰りたいと呟いた俺に、現場に来ていた天祥院先輩は「よくわからないけど、僕の家のジェット機でも呼ぼうか?」と言ってくれたけどそれは有難く辞退した。
そもそもマンションの屋上に停められない。
飛行機から降りて直ぐにタクシー乗り場に行く。
普段なら疲れているからと引っ張っていくカートも持ち上げて小走りになっていた。
バニーの格好、最早それだけで帰るには充分な理由だった。
ありがとう卯年、ありがとうウサギ。
年末のマラソン大会勝ってくれてありがとう。
千秋さんには「もうすぐ着きます」と送ると「やけに早くないか?」と返ってきた。
あんたに会いたくて急いで帰ってきたんだよ。
そう思いながらお金を払い、マンションに入る。
部屋番号を入力し、鍵を差し込めば自動ドアが直ぐに開く。
エレベーターに乗り込んで、なんで高層階にしちゃったんだろうと上がっていく数字の列を見る。
今頃着替えて待ってくれているだろうか、空いた瞬間走ろうとしてカートを持ち上げる。
軽い音ともにエレベーターが、開いた。
「高峯っ」
「千秋、さん…?」
エレベーターホールには、千秋さんが立っていた。
俺のでも千秋さんのでもないパーカーと、ダボッとしたズボン。
「早めに帰ってきたんだな、お帰り」
荷物持つぞ、と千秋さんが持ち上げるので「いや、あの」と手で制する。
「バニーは?」
どうして此処に立っているのかとか、迎えに来てくれたのかではない。
バニーの格好は?
「流石に、外に着ていく恥ずかしいと思うぞ」
人目もあるし、そう付け加えるので「あ、あぁ、そうですね」と若干ガッカリしつつもそう呟く。
少し残念だったが、確かにバニー姿の千秋さんを見られる訳にはいかない。
「一泊してくるんじゃなかったのか?」
「あんたがあんな連絡くれるから、キャンセルしたに決まってるじゃないですか」
キャンセル料を払ってまで見たかった、そう思っていると「そんなに楽しみだったのか」と笑った。
「当たり前でしょう」
恋人のバニー姿なんて、早々拝めるものじゃない。
俺の視線に「わかった」と千秋さんが優しく微笑む。
「じゃあ俺は着替えてくる。
お前はソファでゆっくりしてくれ」
コーヒーもあるぞ、と扉を開けてリビングから出ていく。
コーヒー、かぁ。
この後淹れて飲んで千秋さんが来たら冷めちゃうんだろうな。
冷たくなったコーヒーをシンクに捨てるのも勿体なくて、結局行為が終わったら一気に飲んじゃうんだろうな。
折角買ってきてくれたのだ、二人で飲もうとキッチンを通り過ぎてソファに座る。
バニー服って一人で着れるんだろうか、そんな事を思っていると廊下から布を引きずる音がする。
なんだ、と思って扉を見る。
磨りガラス越しに見えた、なにか。
「千秋、さん?」
バニー姿の千秋さん、じゃない。
なにかが、扉のノブにゆっくりと手をかけた。
ガチャ、キィッ。
やけに静かな部屋に、扉が開く音がする。
ゆっくりと開いていく扉から、室内に入ってきたのは。
「ハッピーニューイヤー!!」
上に伸びた耳がやけに長く、扉の上に当たってゾリゾリいってる。
全身真っ白で、口であろう部分からは千秋さんが笑顔を覗かせている。
「…なんすか、その格好」
「バニーだが?
卯年だからな、仁兎に選んでもらったんだ」
それ、バニーって言いませんよ。
ガチ着ぐるみって言うんすよ。
若干のホラーで入ってきた千秋さんは、ウサギの着ぐるみ姿で現れた。
「ふふん、可愛いだろう。
仁兎にはそれじゃないって言われたんだが、中々似合ってるだろ?」
多分仁兎先輩も「違うだろ千秋ちん!それじゃダメらろ!!」って言ってくれたんだろうな。
似合ってはいる。
けど、俺が、恋人が好きなバニーはそっちじゃない。
もっとエッチで、今すぐ押し倒したくなるようなバニーの方。
…なのに。
「どうだ、高峯。
可愛いだ…ろ………」
千秋さんが此方を見てその笑顔を凍らせる。
疲れたら普通勃たないんじゃないかと思ってんだろうな。
俺も出てくる直前までは、思ってた。
「なんで…勃ってるんだ?」
俺はその言葉に立ち上がる。
「え、なんで高峯も立つんだ?」
ガシッと肩を掴めば、ふわふわとした手触りのいい布が掌をくすぐる。
「千秋さん、今すぐヤりましょう」
「は!?」
抵抗しようと身をよじるので慌てて抱きしめる。
ウサギの顔についた無機質な目が俺を見つめ、全身がふわふわに包まれる。
「待て待て!ハウスだ!」
「なにがハウスですか、此処が俺の家ですよ」
「俺の家でもある!」
千秋さんがじたばたするも、ふわふわの手が触れるだけでそんなに痛くない。
「セクシーな姿だったら絶対抱かれると思ったから避けたのに…っ」
その言葉に俺の動きが止まる。
抱かれると思ったから避けた?
それは。
「…抱かれるのが、嫌なんですか?」
顔を覗きこめば「い、いや…」と目を逸らした。
「明日まで休みでしょう?
なにかありましたか?」
千秋さん、こっち向いて。両手で顔を挟んで振り向かせる。
「…だって、明日日曜日じゃないか」
「…はい」
「…ニチアサが「千秋さん、明日ニチアサお休みですよ」」
今度は千秋さんが動きを止める。
俺はポケットに入れていたスマホを取り出し、ニチアサの放送スケジュールを見せる。
「…休み、だな」
俺のスマホを両手で受け取り、そのまま呆然と見ているのでそのまま抱き上げる。
「えぇ、休みです」
「………放送、ないのか」
余程楽しみにしていたのか、されるがまま千秋さんを寝室に連れていく。
ベッドに放り出せば、ふわふわがベッドの上で弾んだ。
「ちなみになんですけど、この下何着てんですか」
背中にあるチャックを下ろす前に聞けば「ん?」と千秋さんがこちらを見た。
「タンクトップと短パンだが…」
エアコンついてて暑かったから、千秋さんの言葉に俺は直ぐにチャックを下ろした。
「待て高峯!ガチで準備してないんだ!!
抱かれる気は無かったからな!」
「いいですよ千秋さん、別に」
ふわふわした着ぐるみを汚さないよう脱がしていけば、若干汗ばんだ肌と吸い付くようなタンクトップ。
「コッチで、全部やってあげますから」
ニコッと微笑むと同時に先程までウサギの歯で見えてなかった額にキスをする。
翌日、疲れきってお互い夕方まで寝てしまい「初夕日だな…」と声がかすれ切って出すのもしんどそうな千秋さんに、「もう着ぐるみ着ないんですか?」と問う。
「もう着ない」
そう言ったのに、番組でその着ぐるみを着たままマラソン大会に出場したことで「あの姿を全国に晒すって馬鹿なんですか」とベッド押し倒したのは、また別の日の話。
(了)