事件の真相が明らかになったその夜。ぼくは親友が眠っていたベッドに横たわっていた。心身共に疲れているハズなのに一向に寝つけないぼくはベッドを抜け出し、視界の端に映り込んだそれを掴んだ。親友が肌見離さず持ち歩き、常に腰に携えていた名刀"狩魔"。数時間前に寿沙都さんから託された親友の形見だ。その鞘にはいつも親友の頭部からゆらゆらと靡いていた深紅のハチマキが巻かれている。このハチマキを見た時はまさに熱血漢である親友の情熱を具現化したような色だと思ったものだ。
"狩魔"を抱え洋箪笥の扉を開けると、この船に乗船してから殆どの時間詰まっていた暗く狭い空間がそこにある。自分の寝床であり居場所であった洋箪笥の中に"狩魔"を抱き込むように身を収め、内側から扉を閉めようとするが薄っすらと隙間ができてしまう。だがもう隠れる必要はないのだから、閉めきる必要はない。そして、閉めてくれるアイツはもう、いないのだ。
さっきまで遠くにいた睡魔がようやっとおりてきたのを感じ、ぼくは瞼を閉じた。事件のこと、親友のこと、弁護士のこと、大英帝国に到着するまでに成さねばならないこと、睡魔に攫われながらも思考がぐちゃぐちゃにかき乱される。これがもしも悪い夢ならば。目覚めた時、アイツがこの扉を開けて起こしてくれるハズだ。微睡む思考が、まだ親友の死という受け入れ難い現実から逃げようとする。だけども、今だけは現実逃避させてほしい。だって、もしかすると、全てが夢かもしれないのだから。親友の愛刀を抱きかかえる腕に力が入る。
「……亜双義」
ぽつりと呟いた声は暗がりの中に溶けて消えていった。
そして、眠りから覚めたぼくは閉まりきらなかった扉を押してそうっと顔を覗かせ室内を見渡す。静まり返った空間と爽やかに笑う男の朝の挨拶が無いことに、やっぱり夢ではなかったのだと力なく笑った。
「あぁ、すべてが夢だったら良かったのに」