バイト君と会社員 その人は、俺がシフトに入っている時間帯によく来る人だった。レジ越しに対応する事も多く、ちょっとした世間話をする程度の常連客。仕事帰りに寄るのか、それともまた仕事に戻るのかは知らないが、いつも弁当とデザート、そして栄養ドリンクを買っていく。薬指に光るシンプルな指輪に、結婚してるのにコンビニ弁当とか寂しすぎるだろ。と心の中で何度か突っ込んだこともあるけれど、それが日常と化せば突っ込む事もなくなる。
そう、名前も知らないその人が、雨の中傘もささずに公園のベンチで身体を縮こませているのだ。
急病か、それともその身体に打ち付けられる雨の冷たさなのか、彼は小さく震えている。こんな状態で放置していれば今は急病で無かったとしても、いずれは風邪をひいてしまうだろう。そう思った俺は通り過ぎる事も出来ず、彼の居るベンチへと足を向ける。そして、聞こえてくるのは、嗚咽。泣いているのだ、彼は。
「こんな所で、雨に打たれてたら風邪ひいちゃいますよ……お客さん」
何故か放っておけなくなって、俺は彼に声を掛ける。名前も知らない彼を呼ぼうとして、名前も知らない事を思い出して、お客さん、と声に出す。彼は彼で、嗚咽を漏らしながら、ゆっくりと俺の方に視線を送る。
「確か、コンビニの……ささの、くん」
名札を見て覚えていたのか、彼は俺の名字を呼ぶ。
「風邪、ひいちゃいますよ。スウェット位なら貸せますから」
そう言って手を差し出せば、彼は差し出したその手に、彼自身の指を重ねた。
「とりあえず、シャワー浴びて下さい、着替えとタオルは出しておきます」
そう言って風呂に彼を突っ込んで、俺は俺の私物を詰め込んだ一角を漁る。俺より背は少し高いが、サイズは大体同じ位。スウェット程度なら俺の物で対応出来るだろう。問題は下着だけれど、ついこの間買い置きしておいた物がある。彼がトランクス派だったら申し訳ないが、今は俺の買い置きボクサーパンツを履いて頂こう。着替えとタオルを洗面所に置き、キッチンで湯を沸かす。なんやかんやとやっていれば、シャワーを浴び追えた彼が出て来て、俺は飲み物を用意し終える。ナイスタイミングだ。
「どうぞ」
1LDKタイプの部屋で、彼をリビングに案内する。ロータイプのソファに身を沈める彼の前に置かれたテーブルにホットココアを差し出し、俺はソファの隣に鎮座しているビックサイズのビーズクッションに沈み込む。
「見苦しい所、見せちゃったね」
ココアの入ったマグカップを持ち、ちびりちびりとそれに口をつけながら、そう小さく呟く。
「誰でも泣きたくなる時はあると思うんで、別に、」
こういう時どう慰めれば良いかわからない俺は、身近な所の例を思い出して彼をもてなした。何の事は無い、姉が落ち込んでる時にはいつもホットココアを淹れてやっていただけだ。姉は落ち込んでる時も怒ってる時も甘いものを欲しているのを知っているから。しかし、彼にも姉と同じ対応をして良かったものか。と、ちらりと横目で彼の様子を伺えば、ホットココアをちびりちびりと飲みながら、眼鏡の奥の瞳は柔らかく細められ、落ち着いているように見える。そこに居たのは普段コンビニで見る、冷静で仕事がデキる男というイメージの彼とはまた違う、柔らかな歳上の男性だった。
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昨日辺りからジワジワ来てるコンビニバイトの大学生x会社員
大学生が笹野の弟になった所で最早波乱の予感。(波乱するのは笹野である)
(2015-03-04)