空閑汐♂デイリー800字チャレンジ：29　第一格納庫の隅に作られた教官室。そこはパイロットコースを担当する教員達に割り当てられた部屋で。校舎から離れた場所に位置する格納庫に仕事を持ち込む教員は少なく、その部屋は吉嗣が占有してしまっている。
　そしてその場所では安っぽいデスクチェアに腰を下ろし軋ませる吉嗣の他、二人の青年が立たされていた。一人はぴしりと制服を纏い、一人は学校指定のジャージ姿で。
「空閑に汐見も。お前らこの卒業前のクソ忙しいタイミングで呼び出された理由は解ってるよな？」
　既に自由登校になっている三年生の中でも、この二人は既にパイロットコースの生徒が一番に目指す場所である航宙士学院への入学資格を手に入れていた。他の生徒達とは異なり、受験勉強からも解放され校内の雑務を請け負うアルバイトもこなしながらモラトリアムを過ごす二人の男達へと吉嗣はじとりとした視線を向ける。視線を向けられた本人達は揃いも揃って――制服を隙なく纏った空閑は面白そうに、ジャージ姿の汐見は不思議そうに、首を傾げる。
　空閑は兎も角として、汐見は本当に解っていなさそうだ。そんな思いと共に吉嗣は深く長いため息を吐き出した。
「お前ら、噂になってるぞ。付き合ってるって」
「はぁ」
　それが何か？　とでも言いそうな汐見の反応に吉嗣は眉間に寄り始めた皺を伸ばすかのように指を添える。
「あぁ、こないだのバレンタインですか」
　空閑に至っては何てことないように手のひらをパンと叩いて笑っていた。
「……本気で訊きたくないんだが、お前らバレンタインに何やらかした？」
　正直、空閑と汐見が付き合っていようがいまいが吉嗣にとって興味のある事柄ではないし、何なら薮を突いて蛇を出すような真似などしたくはないのだ。しかし、ここが高校で――一応はまだ学生であり吉嗣の受け持ち生徒である二人の男が高校生として倫理的によろしくないような状況にあれば、指導をしなければいけないのが吉嗣の立場である。せめて卒業してから噂になってくれや。そんな本心は胸の中へと仕舞い込み彼らへ問いかけた吉嗣へ、空閑はカラカラと笑いながら揶揄う調子で口を開いた。
「吉嗣先生、本気で聞きたくなさそうですね！」
「そう思うなら、もう少し隠す努力をしろ！　汐見の肩に手を回して引き寄せるな！　汐見も満更でないみたいな顔してんじゃねぇよ！」
　口を開くと共に汐見を抱き寄せた空閑に、思わず叫び声を上げる吉嗣は汐見の「まぁ、満更でもないんで」という言葉に撃沈する。
「ていうか、今の話を総合すると、バレンタインに託けて空閑に告白しようとしてた女を牽制する為にその女の前で空閑にディープキスしたのが噂になってるってことすか」
　恥じらいのはの字も見当たらないような真顔で、吉嗣が求めた情報を全て口にした汐見に遂に吉嗣は頭を抱えてしまっていた。
「お前らなぁ……不純異性……いや、この場合同性か。とにかく、そういう類の不適切な事はしてないだろうな！？」
　開けたくもないパンドラの箱を開けさせられた気持ちでいっぱいになりながら、吉嗣はヤケクソのように叫ぶ。そんな吉嗣のシャウトに、空閑と汐見は顔を見合わせ口々に言葉を紡ぐのだ。
「それって不健全性交の話ですか？」
「不健全性交で問題視されるのは、予期せぬ妊娠だったり性病の問題って話すよね、それであれば問題ないです」
「ちゃんとセーフセックスしてますし、そもそも男同士で妊娠もないですからね！」
「相互的自慰行為の延長線上みたいな理解であれば、健康的な男子高校生の範疇すよ」
　淀みなく言葉を紡ぐ二人の回答に、吉嗣は全ての思考を放り投げて叫ぶのだ。
「よぉし、分かりたくねぇけどよく分かった！　お前ら卒業式まで禁欲しろ！　それが出来たら式後に移動する宿舎の部屋割、ダブルベッドの部屋で二人纏めて一部屋にしてやるから！」
　卒業後、航宙士学院の寮へ入寮する迄の間、彼らを含めた本校へ行く予定の卒業生のうち希望者はこの学校に残れる事になっている。その時に卒業生が使うのは短期滞在者用の宿舎というのが伝統で。その宿舎の部屋割を餌に自身の受け持ち生徒である期間にこれ以上の問題を起こさないよう口にした吉嗣へ、彼らは顔を見合わせて嬉しそうに大きく頷いた。