空閑汐♂デイリー800字チャレンジ：30　特に約束はしていなくても、やっぱりこの場所に集まってしまう。そんな事を思いながら、三年ないしは二年間共に過ごしたフェルマーと高師と共に篠原は道場へと足を踏み入れる。そこには既に後輩達が集まっており、パイロットコースに所属していた同期たちもピッタリとくっついて――というよりも空閑が汐見の後ろから抱きつくような形で立っていた。
　後ろにくっ付いている空閑の存在を気にもせず、普段通りの態度でひらりと手を振った汐見は彼らへと向けて言葉を投げる。
「お、エンジニアコースも解散したのか」
「パイロットコース、解散早くない？」
　おんぶお化けの様相を呈している空閑の存在を完全にスルーしたフェルマーの言葉に「センセのホームルーム短いからな。卒業式でも通常営業」と汐見もなんて事ないように答えて。後輩達も何のツッコミも入れていないらしいその体勢へと言い難そうにツッコミを入れたのは高師であった。
「というか……一体空閑はどうしたって言うんだ」
　勇者か。思わず心の中でだけ高師の勇気ある一言に突っ込んだ篠原は、どうせ碌でもない話だろうと人知れず小さな嘆息を漏らす。その答えをこの場に齎したのは空閑だった。
「吉嗣先生に半月くらい禁欲言い渡されてさぁ、アマネを補給してるトコ」
「こいつ馬鹿正直にベッドもちゃんと上で寝てたんだよ」
　本来であれば何処かおかしいその回答に、この場に居る全員が「あぁ……」と声を漏らす。そんな中でも空閑は汐見の首筋に顔を埋めてぐりぐりとその皮膚に同化を試みるように頭を押しつけ、汐見は顔色ひとつ変えずにされるがままになっていた。
「そもそも担任に禁欲言い渡されるのがおかしいし、二段ベッドを正しく使ってる事を報告される事もおかしいんだよ……」
「まぁそうなんだけどな、ヒロミにしては頑張った方だと思うぞ。離れて寝てたのはアメリカ行ってた時以来か」
　ただ、明日宿舎移動したら多分一日くらい部屋から出ないと思うからよろしく。この三年の経験からの推測だろうか、そんな予定を口にした汐見に何がよろしくなのかと篠原の頭は痛みを主張し始める。それは高師も同じだったようで、額に手を当て大きなため息を吐き出していた。フェルマーだけは「わかった！　じゃぁ引越そば食べに行くのは明明後日くらいにしとく？」といつもと変わらない笑みで彼らに訊ねている。
「そうだねぇ。でも一日で収まらなかったら延期してほしいから今のうちに謝っとくね、ごめん」
「ヒロミは一日で収めろ」
「アマネだって途中からねだり始めるじゃん！」
「……あー、まぁ……途中から訳わからなくなると、欲しくなるんだよな」
　空閑の言葉に何かを思い出したのか、一気に頬を赤く染めた汐見は小さく眉を寄せ、言いにくそうにポツリと呟く。言いにくいなら言わなくても良いというのに、空閑に対しての汐見は出会った頃から思えばかなり素直になっている。
　それでも言葉は足りていないし、時には喧嘩に巻き込まれるし、気を抜きすぎているのか目の前で交わされる会話は開けっ広げであるけれど、篠原は――そして多分、フェルマーも高師も、この二人の男達が仲睦まじい様を微笑ましく思っている。
　きっと高校を卒業しても、何だかんだ言って目指す場所が似ている自分達は付かず離れず彼らと共にいるのだろうなと口元を綻ばせた。
「――それはそれとして、後輩の前ではもう少し取り繕う努力を見せてくれ」