文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day11「あ、いたいた!」
燦々と降り注ぐ陽光に麦わら帽子のような髪を輝かせながら、無邪気に声を上げたのはフェルマーで。その声に大木を背に文庫本へと視線を落としていた空閑はゆっくりと晴れた空と同じ色をしたフェルマーの瞳へと視線を向ける。
「あれ? ヴィンどうしたの?」
不思議そうに首を傾げる空閑に、フェルマーの隣に立っている高師は呆れたようなため息を一つ。
「吉嗣先生がお前達を探してたぞ。学生向けのデモでフライトするのに空閑も汐見もどこ行ったって」
高師の説明にあっと声を上げながら左手に巻いた大ぶりな腕時計へと視線を落とす。
「やば、アマネ。起きて起きて」
胡座をかいた空閑の腿を枕にしてすやすやと眠る汐見を揺らしても、鬱陶しげに唸った汐見は空閑の手をパシリと払う。
「前にも一度思ったが、意外と寝汚いよな……」
呆れたような空閑の言葉に「一度寝ると起きないんだよねぇ」と空閑は苦笑を浮かべながら汐見の頭から足を引き抜いてその身を起こさせる。
「ほら、アマネ。フライト行かないと」
「んぅ……ヒロミにまかせる」
本格的に寝ぼけている口調で、そんな事を口にする汐見に空閑もため息を一つ。飛ぶ機会を虎視眈々と狙い、その機会を逃さない汐見が空閑にそれを譲るというのは空閑にとっても予想外の事だった。
「あぁもう、じゃぁ俺が飛ぶから、ちゃんと見ててよね!?」
木陰で寝ぼけたままの汐見をフェルマーと高師に託し、空閑はそのまま格納庫のある方向へと走り去っていく。その姿をぼんやりと見つめていた汐見は欠伸を一つ零し、気怠げに身体を伸ばす。
「……アマネ?」
苦笑混じりで汐見の名を口にするフェルマーに、高師はどうしたとでも言うように首を傾げる。そんな二人の男からの視線を受けた汐見は、気まずげに視線を逸らした。
「寝ぼけたふりとかもうしなくていいけど?」
「ヒロミの手を払った辺りまでは本気で寝ぼけてた」
それはつまり、その後は寝ぼけていないという事で。その事実にようやく気が付いた高師は大きなため息を吐き出す。夏の陽光を遮るように枝を広げる大木の下、汐見の白い肌に木漏れ日が注がれてるのを見ながら口を開こうとした高師は再び口を閉ざした。何を言えばいいのかがわからなくなったのだ。
「たまにそういう事するよねアマネ」
「この間ので懲りたからな、ヒロミにバレない程度で少しだけだ」
この間、といえば推薦を譲った汐見が空閑と起こした騒動だろう。巻き込まれた人間の一人として、高師は呆れたように息を吐く。
ようやく草の生い茂った木陰から腰を上げた汐見は、大きく伸び上がりながらその緑陰から足を踏み出し――雲ひとつなく晴れ渡った空を眩しげに見上げて。
「それにな――俺は自分が飛ぶのも勿論好きだが、ヒロミが飛んでるのを見るのも好きなんだよな」
美しい青に染め抜かれたどこまでも高い空を、白く美しいフォルムのプロペラ機が飛び去って行く様を見つめながら、汐見は楽しげに口元を僅かに緩ませていた。