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    はるち

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    はるち

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    #鯉博
    leiBo

    Lovers and cigarettes外で煙草を吸うには随分と風が強い。
    一服しようとつけたライターの火はすぐに掻き消えるが、煙草を咥えたままでは舌打ちもままならなかった。手で風を避け、あえかな灯火を囲い、何度目かの繰り返してようやく先端にほのかな明かりが灯る。肺に雪崩れ込む紫煙は甘い背徳と苦い努力だった。吐き出す息はすぐさま夜風に吹き散らかされ、星もない夜ともなれば何の痕跡も残らない。
    「こんなところでサボっていたのかい」
    背中から声がかかる。自分を追うようにして甲板に出た誰かがいたことも、その正体にも気づいていた。けれども気づかない振りをしていたリーはようやく、緩慢に人影の方へと振り返った。乏しい外灯の下では、ドクターは白い闇のように沈んで見える。
    「今日の仕事はもう終わったはずですが」
    「まだ書類の整理が残っているよ」
    「あの程度の量なら、あなたなら余裕でしょう」
    当てこするような言葉をドクターは羽虫のように払い除け、リーの隣へと並び立つ。風に煽られて白衣の裾がはためくが、煙のように消えることも溶けることもなかった。その事実に安堵する。
    「君が手伝ってくれたらもっと早くに終わるんだけどなあ」
    「ドクターが執務室でも煙草を吸わせてくれたらもっとやる気が出るんですがねえ」
    「いや無理だろ。未成年のオペレーターも来るんだぞ。大人しく喫煙室で吸ってくれ」
    今が煙草を吸っているタイミングで良かった、とリーは胸を撫で下ろした。舌打ちをしようにもできない。ロドスで喫煙が許されている場所は多くなく――仮にも製薬会社であり治療を目的とした施設なのだから当然だが――、喫煙室と甲板、そしてリーの場合はドクターの私室が煙草を吸える空間だった。第一、とリーは思う。執務室での喫煙を禁じたのは、ロドスの方針というよりは自分の匂いが染み付くことを厭うたドクターの事情だろうに、と。私室であればシャワーを浴びるなり服を変えるなどして、いつでも匂いを落とすことができるから。
    「私にも一本くれないか?」
    「禁煙はどうしたんです」
    「あれだけ副流煙を吸っているんだから今更だろう」
    責任を取れというように伸ばされた手の中に、ポケットから取り出した煙草の一本を落とす。ありがとう、と答えたドクターはフェイスシールドを取ってそれを咥え、こちらの方に向いてみせる。真逆火までつけろと言われるとは。はいはい、と手のかかるドクターのためにライターを取り出す、が。
    「……」
    二度あることは三度あるが、いつでも三度目に嘘をつかれないわけではない。今日は随分と風が強い、とドクターは口から煙草を外し、指に挟んで苦笑すると、そのまま身を翻した。
    「どこへ」
    「場所を変えよう。室内の、煙草が吸える場所で」
    「……どこです?」
    「さて。どこがいい?」
    手を伸ばす。紫煙と異なり、白衣は掴めば手の内に留まった。
    「書類の整理はまだ残っているけど――そうだね。誰かが手伝ってくれたら、明日の朝、少し早起きをすれば終わるかな」
    剥き出しになった素顔に静かな笑みを湛え、ドクターは自分を見つめる。甲板から一番近い喫煙室なら歩いて五分で辿り着く。しかし今自分が選ぼうとしているのは最も遠い場所であり、専用のカードキーと暗証番号がなくては入れない場所だ。自分だって、用がない限りは立ち寄ることはない。ましてや、ただ煙草を吸うためになど。
    本気にしますよ、と念を押す言葉は、誰の逃げ道を塞ぐためだろうか。おや、と上がる声は子どもの無邪気さを装った誘惑だ。煙草と同じ味のする。
    「本気にさせてくれよ」

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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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