花屋は季節に敏感だ。
各シーズンを更に細かく分け、都度一番盛りの花を用意しなければならない。細かく、それでいて重労働だが、それでも楽しいのは花が好きだからだ。そんな花を、色々なお客様が買っていかれる。
プレゼント、返礼、謝罪、サプライズ等様々だが、大体にしてそうそう定期的に購入されていかれるお客様はあまりいない。
だが珍しく、月に二、三度訪れては必ず花を買われていくお客様がいる。
例えるなら、ヌルデの花。その人は男性の私から見ても目を惹くような容貌をしており、知的な眼鏡越しにお勧めの花を聞かれるとついつい余計なお喋りをしてしまう。だが彼は嫌そうに顔色一つ変えずに、花の由来や花言葉の意味を尋ねて吟味を重ねる。購入する花は幸せな意味が多いから、きっと家族や恋人に贈るのだろう。
飽きることなく花を贈るとは、なかなか出来るものではない。できた男とは、彼のような人を指すのだろうか。
そんな彼が、ある日を境にピタリと来なくなった。そろそろタイミング的に来られるかと思ったが、店に姿を現すことはなかった。珍しいこともあるものだと思っていたが、彼は一月近くも現れず、さすがにもう来ないのかと少し寂しく感じていた頃。
ふらりとその彼は現れた。そしていつもは切り花のブーケを買われていくが、鉢植えを購入していった。黄色のシンビジウム。意味は誠実な愛情、飾らない心。
「今回は鉢植えなんですね」
「えぇ、花瓶を割ってしまいまして」
それで花を買うこともなく、間が空いたらしい。
「鉢植えなら、水をたっぷりやって風通しの良いところに置いてあげてください」
「わかりました」
ブーケよりも重さが増す花を丁寧に受け取ると、彼は大切そうに抱える。まるで大事な人がその腕の中にいるようで、見てるこちらが赤面してしまう。
彼を見送ると、なかなか遅い時間で。そろそろ閉店の準備をしようとしていると、駆け込みで初めて見るお客様が来られた。
その彼は見惚れるような美しさで、生けている花たちが彼の容貌を一層華やかに盛り立てているようだ。例えるならば、スカシユリか。
「すいません、花が欲しいんですけど」
「あ、はい。どんな花が良いとかありますか」
見惚れていた彼に声をかけられ、ハッと気がつく。彼は物珍しそうに生けている花達を見渡した後、「恋人と仲直りに贈る花なんっすけど」と頭を掻きながら教えてくれた。
どこか照れたような彼が微笑ましく、残っている花を集めて選別する。今の時期なら、アネモネが丁度良いか。
「こちらなどいかがでしょう。赤と白のブーケにしますと、より華やかさが増しますが」
「あ、じゃあそれでお願いします」
赤と白のアネモネを選び取り、さっと手際よくブーケにする。それを手品でも見るように目を輝かせているものだから、子どものようだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
彼もまた丁寧にブーケを受け取ると、形を崩さないようにと紙袋へ仕舞う。そして夜の街へと戻っていった。
そして季節は巡り、寒い冬を超えて花々が咲き誇る春が訪れた。季節柄か、春は花を求める人も増えていく。
そんな中、彼らが訪れた。ヌルデの彼と、スカシユリの彼が一緒になって。
求める花は、幸せの象徴。