今の君に、どうしても伝えたいこと「ルシフェルさんが来てるんだけど」
「何を言っているんだ君は」
閉店間際の喫茶室に訪ねてきて何かと思えば。
前置きなしにジータの口から放たれた言葉にサンダルフォンは思ったまま言葉を返した。
「えっと…気持ちはわかるんだけどあまり時間がなくて、というか勿体無いと思うから」
ジータは真剣な表情だが流石に意味がわからない。
ひとまず団長室に向かいながら話すと、サンダルフォンは閉店作業もそこそこに喫茶室から引っ張り出された。
俄に信じ難いが、どうやらジータの部屋である団長室に一時的にルシフェルが顕現しているらしい。
天司の加護を強く受け、果ては堕天司の力ですら扱うジータを力の媒介として、限られた時間と空間で顕現可能になったのだとか。
「難しいことはよくわからないんだけどね」と己の手を引きながら早足で歩くジータに、サンダルフォンは戸惑いの溜息をつく。
いざこうも突然ルシフェルに会えると言われてもピンとこない。ジータの曖昧な説明では納得しきれないのもあるが、ここがグランサイファー艇内で目的地は団長室。恋仲になってからは昼夜問わず非常によく行き来をするようになったジータの私室でもあるからだろう。
説明を受けているあいだに団長室に辿り着き、サンダルフォンはジータに部屋へ入るように促された。
「ルシフェルさんね、サンダルフォンに伝えたいことがあるから呼んでほしいって言ってたんだよ」
「はぁ…」
未だ半信半疑のサンダルフォンの口から何度目かのため息が漏れても、非常に嬉しそうな表情のジータ。彼がどれだけルシフェルのことを大切に思っているかがわかっているからこそ、こうして僅かな時間でも会えるということを自分のことのように喜んでくれる。
最初は何をわけのわからないことを、と思いはしたものの、彼女のこういうところも数ある好ましい部分のひとつ。ルシフェルに会えるという部分に戸惑いと緊張は残るが、サンダルフォンはどこか温かい気持ちになった。
「君は?」
「私は外で待ってるよ!ラードゥガにでも行こうかな」
「そうか…」
「久々の再会はやっぱり二人が良いかなって。積もる話もあるでしょ?」
サンダルフォン自身はジータが同席しても構わなかった。
特異点であるジータと想いを通わせ、恋仲となった今。
本当にこの部屋にルシフェルがいるのなら、寧ろサンダルフォンとしては彼女を伴い、番として彼女の人生を共に歩むのだと報告したかった。
恐る恐る団長室に入ると、彼女の言うとおりそこには本当にルシフェルがいた。
「久しぶりだね」
「……、はい、ご無沙汰しています」
「元気そうで何よりだ」
一瞬言葉を失ったサンダルフォンだったがルシフェルの一言で我に返り、挨拶を交わす。
未だ戸惑いを隠せていないサンダルフォンに、特異点であり四大天司からも加護を受けているジータを媒介に、僅かだが権限ができることを手短に説明するルシフェル。
「現天司長である君からの“加護”の影響もあるのだろう」と言われ複雑な気持ちになったが、ルシフェルは何故かとても嬉しそうだったので「そうかもしれませんね」とサンダルフォンは微笑んだ。
「ところで、君はこの艇ではどのように過ごしているのだろうか。良ければ近況でも聞かせてほしい」
「近況、ですか?」
少しの沈黙のあと、サンダルフォンは何から話すべきかと思考を巡らせていたが、ルシフェルからの質問に応えるかたちで最近の出来事を話すことになった。
話し始めてしまえば話題が尽きることはなかった。この騎空団に所属して平凡な日々を送れるわけがない。
アウギュステではサメが空を飛び交い対応に追われたこと、艇内に喫茶室が設けられそこを任されていること、騎空団をあげての催事が行われそのステージで歌を披露したこと。
そして無意識にジータのことばかりが話題にあがっていた。
そんなサンダルフォンの様子から、彼女から良い影響を受け役割に捉われることなく生きていけているのだと実感しルシフェルは満足気に目を細めた。
「君の話をもっと聞いていたいが、そろそろ時間のようだ」
「す、すみません!俺ばかり話してしまって…」
「いや、気にする必要はない。私は君の今を知ることができて嬉しいよ。
…さて、サンダルフォン。私は君に、伝えておかなければならないことがある」
「…!はい」
先程の穏やかに会話が弾んでいた空気は一変し改まるルシフェルに、サンダルフォンも姿勢を正す。天司長としての役割やこの空の進化に関することかと気を引き締めた。
「私は元々進化を司る天司だ。空の民の進化の行く末を観測していた。その影響で君を創った際に一部空の民と同様の機能を実装している。
君の男性器は空の民と同様に生殖機能をつけてある。ジータ…、彼女と性交をする際に子を望まない場合はきちんと避妊具をつけてことに及ぶように。彼女の旅路はまだ続くのだろう?きちんと相談をするんだ」
「…………………は、」
思いもよらないルシフェルの言葉に空いた口が塞がらないサンダルフォン。呼吸の仕方すら危うい。
どこから突っ込めばいいのか、何故知ってるのか、いやそれよりも。
自分に生殖機能があるだと?今まで自分はジータとするとき………。
「そして君と彼女が望み、時が来たら彼女との子供を私にも見せてほしい。楽しみにしているよ」
「!?あの!ルシフェル様…!待っ…──」
直後、顕現に限界が訪れたのか伝えられて満足気なルシフェルはそのまま光となってその場から消えてしまった。
残されたサンダルフォンは混乱と羞恥とさまざまな感情で呆然と立ち尽くす。
ここは団長室でジータの私室。置かれているベッドでは何度も彼女と肌を合わせた。
「…こども……ジータ、との」
ベッドを見つめ思わず呟いた声は、誰にも聞かれることなく団長室に溶けた。
「ルシフェルさんとはゆっくりお話しできた?」
「…………あ、あぁ…」
団長室に戻ってきたジータに聞かれ生返事をするサンダルフォン。
ルシフェルの顕現が解かれたことは媒介となったジータには伝わっていたようで、しばらくしてから控えめにドアをノックされた。
ここは彼女の部屋なのだからそのまま入っても誰も咎めはしないのだが。
どこかぼんやりした様子のサンダルフォン。顔も赤いしきっとルシフェルと再開できて感極まってるのだなと思い、ジータはしばらくそのままにしておいてあげようとドアへ手をかけた、が。
「ジータ!」
「…!!なっなに!?」
「体調に問題はないか!?熱は?吐き気は」
「な、何ともないよ…?どうしたの急に…」
今まで避妊具無しで行為に及んでいたことを思い返し青褪めたサンダルフォンはジータを呼び止めその両肩を勢いよく掴んで問うた。
「あ、もしかしてルシフェルさん顕現の影響のこと?大丈夫だよ!心配してくれたの?」
「……、あぁ………そうか…ならいい……」
「…?また会えると良いね」
これから自分は行為に及ぶ際に避妊具を付けなければならない。今までそのようなものはつけたことはないし、中にもそのまま……。
そして彼女との子供をつくれるかもしれないと知ったら。
今後何から話せば良いかとサンダルフォンは頭を抱えた。