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    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    そのスタンプで救われる命があります

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    POIPOI 46

    前からちま以下略。
    いろんな意味でお久しぶりです。今回は名もなき村娘視点。

    #ロビぐだ♂

    ファンタジーパラレルなロビぐだ♂第4話時は放たれた矢の如し。どれ程波乱に満ちた月日であろうと、逆に特筆すべき出来事のない穏やかな数時間であろうと、過ぎ去ってしまえば瞬きの間と変わらない。
    流浪の狩人だった男が連れ合いを得てから、気付けば数年が経とうとしていた。









    大陸の西側、国と国の境を跨いで広がる大森林。針葉樹が多く茂り鬱蒼とした樹海に、寄り添うようにして佇む集落がある。近辺には他に人里が無い。生きるため住民は身を寄せ合って、ささやかな畑を耕し足らない分は森の恵みに頼った。村の規模に見合った慎ましい暮らしぶり。都の華やかな喧騒も潮騒響く港町の活気とも縁遠い、絵に描いたような田舎の寒村。
    その一角にある農家で娘は産まれた。


    「はぁ……」

    鬱蒼と茂り空を隠す暗緑色の梢。木の根や小石で隆起した足元。湿った落ち葉や下草を踏みつけながら、森を行く娘は溜息を吐いた。革の短靴に包まれた足取りも気分を表して重い。頭上から降ってくる葉擦れの音がやけに耳障りで、村娘は麦藁色の眉をしかめた。
    発端は今朝のことだ。母親から父親の薬を取りに行くよう言いつけられた。それが昨日娘の犯してしまったささやかな失敗に起因しているのは明らかである。母親も、娘も、この行為が明確な“罰”なのだと認識していた。
    憂鬱な心持ちで細い道を辿る。針葉樹が多い森は昼でも薄暗く、耳をすませば名前も知らない獣や鳥の息遣いが聞き取れそうだ。感じる肌寒さは秋も終わりに差し掛かった時季のせいだけでもないだろう。
    どうしてこうも陰気で不便な場所に住んでいるのか。目的地に住まう者を思い浮かべ、娘は舌打ちの一つでもしたい気分になった。

    村から森の中程に続く細道。道といっても舗装はされておらず、多少の人通りがあるから自然に踏み固められた程度のもの。獣道に毛が生えたようなそこを辿っていくと、少し開けた場所に小さな家が建っている。
    そこにはかつて老婆が住んでいた。偏屈な性格で人付き合いも悪く、独りきりで森に棲んでいることも手伝って村人達も不気味がっていた。魔女なのだとまことしやかに話す者も居た程だ。
    だが老婆は家畜の生態に詳しく、薬師でもあった。この辺りに医者らしい医者はおらず、かかろうと思えば片道だけで一日かかる街まで行って高い金を払わねばならない。日々を慎ましく生きる者には難題だ。そのため村の住人は薄気味悪く思いながらも、老女を頼る他なかったのだ。

    ───その老婆のところに、いつからか若い男が二人住み始めた。

    老婆との関係はようとして知れない。村の物見高い男が薬を取りに行くついでに尋ねたがはぐらかされたという。ただ、片方は内弟子か何かなのか薬草を煎じる手伝いをしていた。しわがれ声の指示に従って小間使いのように働くところも何度か目撃されている。老女が埋葬される際、参列者の中で一人だけ目元を赤く腫らしている様を娘も見たことがあった。

    所詮は部外者よそものだ、現れた時と同様にいずれふらりと消えるだろう。村人の誰もがそう思っていた。老婆が居なくなったからには余計に。

    だが予想は外れ、老婆の葬式の後も二人は小屋に住み続けた。


    気鬱を伴に歩んだ道の先に、漸く葡萄茶えびちゃ色の屋根が見えて、娘は再び短い溜め息を吐き出す。視界から樹木が減って明るくなり、暗い色合いをした板壁の小屋と造りつけられた丸太組みのテラスが目に映った。ああ、やっと着いた。同時に圧しかかるのは歩んだ距離の、というよりも心因的なところから来る疲労感。ささやかな畑から伸びる緑や行儀よく並んだ鉢に咲く花は何の慰めにもならない。
    直接建物を前にしてしまえば、憂鬱よりも怒りの方が強くなる。こうしてわざわざ足を運ぶ労力をかけさせた人物に対する苛立ちだ。どれがどれだか分からない薬草が植え付けられた畝の横を大股で通り過ぎ、玄関の前に立つ。そして腹立たしさを表す強さで扉を叩いた。ノック挨拶にしては乱暴だったがはしたないと咎める人間はここに居ない。幾ばくもしないうちにドアは開かれた。

    「ああ、こんにちは。」

    出てきたのは頼りない顔立ちをした若い男だった。青年は娘の姿を見ると少し驚いたように眉を引き上げ、すぐ元の位置に戻す。
    小屋に住み着いた二人のうち、大抵家の中で手仕事をしているのはこちらだ。だから予想は出来ていたものの、想定した通りになったのが娘には残念だった。

    「……父さんの、腰の薬を貰いに来たんだけど。」

    空の籠を突きつけてつっけんどんに用件を告げる。だが青年は気にした様子もなく受け取り、用意するからちょっと待ってね、と微笑んだ。そのまま屋内に戻ろうとし、また顔を出す。

    「良かったら中に入らない?外で待つには少し寒いでしょう。」

    ドアを開け放ったまま手を内側に向ける。その隙間からは家の中の様子が垣間見えた。テーブルと暖炉、窓際に吊るされたハーブやドライフラワー。ありふれた内装だが、娘に足を踏み入れる気は更々なかった。

    「……結構よ。良いから早く薬を頂戴。」
    「……そう?けど、一応開けておくから、寒くなったら好きに入っていいよ。」

    青年はおっとりと言い残し、今度こそ踵を返す。言葉に違わず扉が閉められることはなかった。
    男が視界から完全に消えたのを見計い、娘は胸を撫で下ろす。あの“異様”な姿を出来る限り見ないで済ませたかった。

    「……ほんと、どうにかならないかしら……」

    関わりたくない相手を頼らなければならない現状が気に食わない。思わず本心が独り言の形で溢れた。






    ───老婆が亡くなった後、村では問題が発生した。これから薬をどうやって入手すればいいか、についてである。
    遠方に住む町医者のもとまでは金も時間もかかる。各地を巡る物売りとて半年に一度来るか来ないかで、やって来たとしても必要な薬があるとは限らない。物資の伝手の確保は変わり者の死よりも重要なことだった。

    『───あの、俺で良ければ。少しは役に立てると思います。』

    そうして皆が難題に頭を抱えた時、名乗りをあげたのが件の部外者だった。曰く、青年は老女から薬草の煎じ方や見分け方を教わったらしい。自分の手に負える領分のものであれば処方出来るだろう、とも話した。
    確かに老婆の遺言書には、薬学書に始まり乳鉢の一つまで、薬の精製に関わるものは全て黒髪の青年に譲ると───あくまでも伝聞だ、娘も含めて村民の多くは文字が読めない───書き残されていた。村長の立ち会いのもと公開された中身には渋々でも従うしかなかった。
    村人達は相談の末、提案を呑んだ。呑まざるを得なかった、ともいえる。そうして男は薬師代理の座に着くことでひとまず集落に居座るのを許されたのだ。




    娘にとっては業腹だった。幾ら仕方がないとはいえ、あんな余所者を村の一員に数えるなんて!否、娘だけの感情ではない。きっと村落の誰もがそう思っている。
    ただ遠方ソトから来ただけならばまだ良かった。頭の凝り固まった年寄りと同じように何でもかんでも目くじらを立てるつもりはない。
    だが、あれは駄目・・・・・だ。
    一目で異質だと分かる風貌。あんな髪は生まれて初めて見た。人間は濃淡の差はあれど金髪か赤毛が普通で、ああもくらい毛色、動物か魔物でしか目にしたことがない。肌の色だって素地からして違う。顔だちからも自分達と異なる血が入っているのが見て取れた。そのくせ瞳だけはこの辺りの人間と同じく青いのがまた気味の悪いところだ。

    ふるり、と寒気を感じてストールの上から腕をさする。家主の言う通りにする気はないが、確かに木枯らしが冷たい季節だ。早くこの場から立ち去りたくて、娘は室内の方を睨んだ。

    「───ごめんね、おまたせ。」

    そうこうしているうちに中から呑気な顔で青年が戻ってくる。手には籠。一瞥して中を覗けば軟膏入れと布切れ、そして包帯が入っていた。

    「はい、これがいつもの湿布。一掬い分の軟膏を湿布に塗って、患部へ貼りつけた上から包帯で巻いてね。巻いたところは日の光に当てないように。」
    「言われなくても分かってるわ。」

    差し出された籠を乱雑に取る。使い方なら自宅で母から聞いたし、父に頼まれて貼ってやったこともあった。それをわざわざ偉そうに講釈を垂れてくるのが煩わしく、受け答えの声は自然と尖る。
    元から来たくて来た訳でなし、薬さえ受け取れたならもうここに用はない。一つだけ小さな楽しみがあったがそれも外れてしまった。
    さっさと帰ろうと青年に背を向けた、その時だった。

    「───おや、お客さんですか?」

    「!!」

    涼やかな声に、娘は肩を跳ね上げる。
    あれぇ、と間抜けな声もしたがそちらはすっかり意識の外だ。驚愕と期待でときめいて高鳴る胸。急いで振り返ればそこには外れたと思った楽しみ───もとい、一人の男が立っていた。

    涼やかさに色気を添えた目元。形良く伸びた長い手足。前髪で少し隠れていても整っていると分かる顔立ち。
    小屋にやって来た流れ者のもう一人、“マトモな方”だ。
    水汲みの帰りなのか、彼は中身の満ちた桶を抱えている。捲りあげられた袖から引き締まった腕が顕わになっており、輪郭こそすらりと細くもその上にしっかり筋肉が乗っていることが窺えた。
    思わず見惚れた娘に男は軽く微笑むとその横を通り過ぎる。

    「おかえりロビン。思ったより早かったねえ。」
    「ええ、もう少し汲んできますよ。その分後で茶でも淹れてください。」
    「了解。疲労回復に効くやつ選んどくよ。」

    水の入った桶と言葉のやり取り。端から聞いているだけでも関係の親しさを感じさせる。
    先の微笑のせいで惚けていた娘も我に返り、身体の手綱を握り直した。
    まるで自分の存在を忘れているように交わされる楽しげな会話が疎ましい。不快感に唇をねじ曲げた娘は、勢いにまかせて一歩を踏み出した。

    「あっ……」
    「こ、こんにちは!狩人さん!」

    話題に入れないなら、直接割り込んでしまえばいい。娘は薬師崩れを押し退けるようにして端正な容貌をした男の前に進み出た。
    彼は一度だけ目を瞬かせたが、すぐに表情を柔和なものへと整える。

    「……はい、こんにちは。お使いですか?偉いですね。」
    「そんな……」

    弧を描く唇は男にしては厚めだ。魅惑的な稜線に注意を取られながら、娘はぽっと頬を染める。

    ───村外れの森小屋に住みついた余所者に対して、村人の見解は概ね一致している。特に黒髪の方へはそれが顕著だ。当然だろう、見るからに異端なおかしいのだから。勿論娘も同意見である。
    ただもう片方、若葉の色彩を瞳に宿す狩人についてはその限りではなかった。

    小屋に籠って滅多に顔を出さない───とはいえしょっちゅう姿を現されるのも気味が悪いので御免被るのだが───薬師擬きと違い、緑の外套を纏った彼は人付き合いを心得ていた。しばしば集落を訪れては物々交換を行ったり、ちょっとした会話に花を咲かせたり。余所者というだけで良い顔をしない年配者はともかく、若い世代は程度の差こそあれ彼の存在に馴染んでいたのだ。
    どうやら彼は相当腕の立つ猟師であるらしく、やって来る時には大抵村の誰も仕留めたことのない大物や珍しい獲物を携えていた。それでいて力量を鼻にかけるでもなく、誰に対しても人当たりのいい柔らかな物腰を崩さない。強いて物言いをつけるなら未婚の娘には些か軟派な対応になる点だろうか。しかし声のかけ方、言葉の選び方一つとってもやはり野暮ったい村の男連中とは違う。軽妙な台詞回しは純朴な田舎女達の鼓膜と胸をくすぐった。娘もまた甘い予感に心を騒がせた者の一人である。
    娘は今年で十五になる。そろそろ結婚相手に目星をつけ始める年頃だ。


    「もし、もし良かったらこのあ……」

    本当は、村まで送ってもらえませんか、と言いたかった。あわよくばそのまま家に招いて茶の一杯でも振る舞えれば、という算段である。残念ながら実際には声帯を震わす前に霧散してしまったが。

    「ああそうだ、お嬢さん。」
    「えっ?」

    続けようとした言葉を遮ったのは、他でもない当人である。出鼻をくじかれたような心地で娘は男を見上げた。
    目前に立つ彼は話をしているこちらではなく、あらぬ方へ顔を向けている。方角としては西だろうか。木々に囲まれた中ではどうしても”恐らく”という枕詞がついてしまうけれど。

    「さっきと比べると、少し風が湿ってきた気がします。早く帰った方が良いですよ、一雨来たら大変だ。」

    鮮やかな新緑の虹彩を中空に向けて狩人は言う。眼差しの先を追っても娘には伸びる枝葉と細切れの空が見えるだけだが、彼が言うからにはそうなのだろう。
    ただでさえ冷涼な土地柄だ、この時期晩秋に濡れて帰るのは自殺行為と呼べる。せめて降りだしてしまえば雨宿りを理由に出来るが、今はどう考えても不自然だ。諦めるしかないと悟った娘は内心で肩を落とした。

    「……分かりました。なら、今日はこれで……」
    「ええ、さようなら。足元には気を付けてくださいね。」
    「は……はい!」

    とぼとぼと帰ろうとする娘に狩人が投げた声と笑みは覿面だった。視覚から作用して一気に体温が上がる。端正な相貌が形作る表情の効果は凄まじい。ただでさえ異性に耐性がない田舎娘には効果的だ。

    「さようなら、狩人さん!」

    赤くなっているだろう頬を隠すため、一礼してすぐにくるりと帰路を向く。

    「あっ……さよなら!お父さんにもよろしくね!」

    慌てたようにもう一人が口を挟んだがそちらは黙殺した。邪魔なものを意識して気分の良さを損ないたくなかった。

    ───彼はどうしてあんな男と暮らしているのだろう。それは女衆の間でも度々取り沙汰されていた。
    二人の関係は狩人の存在が井戸端で話題になり始めた頃から議題の的である。明らかに毛色の違う見た目からして親族ではないのは確かで、かといって単なる友人にしては距離が近い。風の噂では本人が伴侶だと言っていたそうだが、到底信じられなかった。どう考えても釣り合わない。
    あれやこれやと推論が交わされたが、手段どうやったかはこの際問題ではない。大切なのはきっと彼があの奇妙な風体の男に騙されているに違いないということだ。おかしな毛並みをしているのだからおかしな術の一つや二つ使えても不思議ではない。魔女かもしれない老婆に教えを請うていたのがまた真実味を増す。
    どういう経緯で同じ屋根を住まいとしているかは知らないが、狩人はたぶらかされたに決まっている。いつか目を覚ます筈だ。そして叶うならば覚醒それは自分の手によるものであって欲しい。誰しも表立っては言わないが、村の女達の総意だった。

    ふん、と鼻を鳴らし、振り向かずに先を急ぐ。秋の森に吹く風は長居をしたいと思うような温度ではない。持っていかれないようストールを押さえながら帰宅する足を速めた。






    ───故に、娘は気づかなかった。
    去っていく背中を見る狩人の双眸が、木枯らしなど比べ物にならない程冷ややかであったことに。


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    Replies from the creator

    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    DONEそれは誰も知らない、本を閉じた後のお話。

    昔呟いてたロビぐだ♂ファンタジー(元ネタ有り)パラレルを今更小説の形でリメイクしてみたものの最終話。
    てなわけで完結です。長々とありがとうございました。

    ちなみにこのシリーズの全部をまとめた加筆修正版を一冊の文庫本にして今度のインテに持っていく予定です。紙媒体で欲しい方はよろしければ。
    ハッピーエンドは頁の外側で──────復讐を果たした代償のように魔道に堕ち、死ぬことさえ出来なくなった男は、それからの長い時を惰性で生きた。
    妖精達と再び会話を交わせる程度には理性を取り戻したものの、胸の内は冬の湖のように凍りつき、漣さえ立たない。自発的に行動しようとはせず、精々が森を荒そうとする不届き者を追い払ったり、興味本位でやって来る他所からの訪問者をあしらったりする程度。
    このまま在るだけの時間の果てにいつの日か擦り切れて、消滅を迎えるのだろう。その刻限を恩赦と捉えて待ち続けることを化け物は己自身へ科した。巡る季節と深さを増す樹海を他人事として感じ取りながら、摩耗しきるまでただ無為に時間をやり過ごす日々。繰り返しでしかない朝と夜を重ねること幾百年の末。
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