【呪】原作10話あたりの伏黒 曇天の色をしたコンクリートに、世界が囲まれていた。
外界とその場所を隔てる扉は重く冷たく、ドアノブを握る伏黒恵の掌から体温を奪う。ドアの先には無機質な廊下。じんと耳鳴りがするほどの静寂に、伏黒の足音だけが響いた。
東京都立呪術高専の敷地内に設えられた、遺体安置所だ。
非術師の家系出身の術師の中には、身寄りがない者、家族や親類と疎遠な者が少なくない。彼等が殉職した際は、この安置所から直接高専の敷地内にある火葬場に向かうことが殆どだ。検死や調査の関係で数日間は安置されるので、弔意を示したい者はその間に安置所に赴いて最期の別れを告げることが習わしとなっていた。
扉一枚隔てた向こうではいよいよ梅雨も終わり、ムッとする空気とギラついた色彩が夏本番の訪れを告げている。しかし伏黒の立つその場所は冷たく湿った空気が滞留し、まるで沸き立つ夏から切り離されたかのようだった。
1982