『冬から春へ』書き下ろし文サンプル『お気に入りは』
ブラッドリーの城の近くの森で動物たちから面白い噂を聞いた。
『俺たちの言葉がわかるやつがいる』
『ちょっと聞かないなまりのあることばを話す』
『近くにいると穏やかな気持ちになる』
『食べたことのないような、甘くておいしいものをくれる』 等々。
最近何もなくて退屈だし、オーエン以外で動物と話せる存在はそう多くない。それになにより、『甘くておいしいもの』が気になった。オーエンは甘いものに目がないのだ。
巻き起こる吹雪の中を歩いているとは思えないほどに悠々と進み、しばらく行けば視界が開ける。ブラッドリーの治める領域の中へとたどり着いたのだ。今は昼前で太陽が真上に上り、先ほどとは打って変ってかなりの晴天になっている。そのおかげか、遠くの街の煙突の煙まできれいに見えているが、そちらには目もくれず、その北側へと広がる森へと歩を進めた。
森へと辿りつけば、すぐに動物たちが集まってくる。
サッと肩にとび乗ったリスは、オーエンに撫でてもらうと気持ちよさそう目を閉じた。
「やぁ、機嫌がよさそうだね」
よく見れば手元にかじりかけのクッキーを持っている。
「おや? 君、何をもっているの?」
問えばリスはためらわず答える。曰く、『最近来るやつにもらった』と。ということは、噂に聞いたヤツなのだろう。周囲に何かの気配がある様子はなかったのだが、これはタイミングがいい。
「ふぅん。今この森に来ているの。案内してよ」
リスは肩から降りると、先導するように木々の隙間を奥の広場へと進んでいく。
ゆっくりとついて行けば、開けた先に動物たちに囲まれながら笑っている青灰の髪をみつけた。
「こんにちは」
そう声をかければ、そいつは驚いて立ち上がり、こちらをにらみつける。ずいぶんと警戒されている様だ。
「ずいぶんなご挨拶だね。ただ声をかけただけなのに」
「あんた……誰だ?」
怪訝な顔は変わらず、手に持ったフォークが光を反射した。服にかけられた加護は気配を探りにくくしている。この魔力の感じはブラッドリーのもので間違いない。ということは、ブラッドリーのお気に入りなのだろうか。少し探ってやろうと、わざと笑みを浮かべて問いかけた。
「僕を知らないの? 僕はオーエン。ブラッドリーから聞いていない?」
*
*
*
続
『宴の夜に』
くるくるとせわしない動きに合せてリボンがなびく。薄暗い夜の景色に溶けない灰青色と榛色は見ていて飽きない。
今も厨房から新たな料理を運び出し、通りすがりに城の兵士達に声をかけられ、嬉しそうに笑っている。美味い!とでも言われているのだろう。自分の作った料理を美味しそうに食べてもらうのが好きなのだと、先ほど挨拶に来たルチルが言っていた。
ネロと本当に兄弟なのかと思う程に高いテンションで、ニコニコとしながらやってきた彼にはかなり驚いた。それでも、お互いを想いやるところは似ているようだった。
「宴の時はいつもああなんですよ」
ブラッドリーの視線の先を示しながら、穏やかだがどこか艶のある声が上から振ってくる。そのままシャイロックが隣の席に座るのを感じながら、目はまだネロに向けたままだ。
「だろうな」
「ネロ、貴方と出会ってから、とても楽しそうにしていますよ」
「へぇ」
ある意味不作法なブラッドリーの態度を気にすることもなく、シャイロックは話を続ける。
「今まで料理以外のことには全く興味が無かったのに、髪や服装まで気にするようになって。恋は人を変えるとは言いますが、まさしくそれです」
「俺が理由なら、光栄だな」
グラスに入った蜂蜜酒をゆっくりとあおり、机に置けば、ふと振り返ったネロと目が合った。ブラッドリーが見ているとは思っていなかったのか、合ったと思った視線は驚いてすぐに逸らされる。
心なしか頬も赤い。
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続
こんな感じのお話と、時系列をなんとなくまとめた年表を載せてます。
お手にとってくださったら嬉しい。